山崎豊子「沈まぬ太陽 会長室篇(上・下)」

沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上)
沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上)山崎 豊子

新潮社 2001-12
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おすすめ平均 star
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star正義を至上命題とした主従が、いま禁断の腐海に踏み込む
starちゃんと取材せいんかい

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沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下)沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下)
山崎 豊子

新潮社 2001-12
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 確かに、最後まで面白い作品だ。一気に読んでしまった。
 特に今回の「会長室編」は、実在の政治家が登場し(名前は微妙に変えているが)、ストーリーが展開していくので面白い。たとえば本書に出てくる利根川泰司首相は中曽根康弘、国会議員の田沼は田中角栄に間違いないだろう。十時官房長官後藤田正晴、道塚運輸相は三塚博、国会議員の竹丸は金丸信だろう。龍崎一清は瀬島龍三、そして本書で主人公の側にたつ国見会長は、伊藤淳二鐘紡会長だろう。このように、実在の人物と照合しながら読みすすめていくのも面白い作業だ。
1 この作品はノンフィクション作品ではない
 ただし断っておきたいことは、ここでいう「面白い」とは、ノンフィクションとしてではなく、小説として面白いという意味である。新明解国語辞典によると、小説とはnovelの訳語で、

作者の奔放な構想力によって、登場する人物の言動や彼等を取り巻く環境・風土の描写を通じ、非日常的な世界に読者を誘い込むことを目的とする散文学。

である。つまり小説とは「非日常的な世界」のことであり、本書「沈まぬ太陽」もこの認識で読んでいけば面白く読むことができる。
 ただ気がかりなのは、
 著者の山崎豊子氏が本の巻頭や文末に「この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織なども事実に基づき、小説的に再構築したものである」とわざわざ明記していることだ。これだとあたかも本書のストーリーが、物語の舞台である日本航空JAL)と関係者の当時の動きと同じで、すべて事実に基づいて描いているように取られてしまう。しかし実際は、すべて嘘だとは言わないまでも、各所でいろいろな人から批判されているとおり、本書の記述は事実と異なるものが多いし(たとえば主人公のモデルの小倉寛太郎氏は、本書で描かれているような日本航空123便墜落事故で先遣隊として御巣鷹山に乗り込んだ事実はない)、本書には行天四郎なる架空の人物すら登場している(小説「沈まぬ太陽」余話(Ⅲ) )。この作品はとても「ノンフィクション」と言えるシロモノではないのである。
2 単純すぎるその構図
 また本書は、主人公の日本航空社員・恩地元、落下傘で会長に就任した国見氏が、巨悪の組織・日本航空(JAL)に闘いを挑むことがメインテーマになっているが、「恩地元、国見氏」=善、「日本航空の他の幹部、政治家」=悪という図式を最初から最後まで安易に使っていることも違和感を覚える。読んでいてわたしは、その構図の単純さ、陳腐さに、アメリカのブッシュ大統領悪の枢軸発言を思い出した。自分の側が完全に正義で、嫌いな奴らは悪という、アメリカ得意の強弁である。本書の図式もこれに似ているところがある。
 普通の社会感覚をもっている読者なら、恩地氏(小倉寛太郎氏)が所属していた労働組合というものが、著者の山崎氏がいうほど正義の側ばかりではないと、すぐに突っ込みをいれることができる。わたし自身もかつて日本の労働組合史をサーベイしたこともあるし、また今ではわたしの所属する組織の労働組合、そしてその上部機関について冷静にウォッチしているので、組合運動のいかがわしい部分は骨身に染みて知っているつもりだ。山崎氏がいうほどそんな単純に、労働組合=正義、会社=悪なんて構図は作れるはずがない。
 また会長の国見氏の描き方も気になる。国見会長は正義感溢れ、政治的駆け引きを嫌う人物(=正義)みたいに描かれているが、仮にも特定組織の権力者になった人なのだから、政治駆け引きや現実的妥協なども当然身に付けているはずであり、著者の山崎氏がいうほど真っ白な正義の人なのかなぁと思ってしまう。
 繰り返すが、小説としては本書は面白い作品だ。善悪の構図がはっきりしていた方が読者は感情移入しやすく、物語世界にのめり込むことができる。しかしこの作品をノンフィクションだと強弁するのではれば(山崎氏はそう主張したいらしい)、「おいおい、それはないだろう!」と突っ込みをいれたくなる。山崎氏のライターとしての自覚と責任感の問題だ。本書の巻頭や文末に付けられている一文を事実に基づき修正するなら、「この作品は、多数の関係者を取材したもので、登場人物、各機関・組織など一部事実に基づき、創作も加えながら小説的に再構築したものである」となるだろう。
3 文章表現はすばらしい
 以前の書評でも書いたが(山崎豊子「沈まぬ太陽 アフリカ篇」 )、山崎氏の文章力は素晴らしい。わたしも文章を書く機会がおおいので、彼女の文章技術を大いに盗ませてもらった。私のメモの一部を紹介しよう。
百鬼夜行族議員にも・・・」(上巻:11p)
「・・・虚心坦懐に私どもにぶつかって来て戴きたい」(上巻:64p)
「首相の刎頚の友で・・・」(上巻:68p)「加納長官は如才なく・・・」(上巻:76p)
一言壮士の君に、そう素直に評価されるとは嬉しいね」(上巻:115p)
「・・・ロンドンに、わが社のホテルがないのは、画竜点睛を欠くので・・・」(上巻:132p)
余人を以って代えがたい」(上巻:160p)
「国見は含羞を見せ・・・」(上巻:299p)
「二十余年にわたる辛酸が・・・」(上巻:333p)
「藤井さんの不撓不屈の精神を・・・」(上巻:339p)
「社内の魑魅魍魎の輩を・・・」(上巻:379p)
権謀術数をめぐらせ・・・」(下巻:125p)
「久保の原稿を換骨奪胎し、・・・」(下巻:176p)
侃々諤々やっていた」(下巻:225p)
「自分が禄を食む会社の汚濁・・・」
一期一会の人であった」(下巻:303p)

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(私の本書の評価★★★☆☆)
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