学問的思考と事務屋的思考

1. Aさんとの再会

 先日久しぶりに、学生時代の調査時に会った土木コンサルのAさんに会った。
 彼は土木分野の優秀な技術者で、近自然河川工法の分野では道内でも有名になりつつある方だ。長い実務経験に裏打ちされた技術は評価を得ており、札幌の大学の非常勤講師もしている。今回は縁あってAさんに、われわれの地域の河川構造物の改修工事の設計をお願いすることになった。久しぶりお会いして、当時を懐かしむのもそこそこに事務所で打ち合わせをし、現場の渓流を一緒に歩いた。そして改めて、彼の仕事ぶりに感心させられた。限られた時間だったが、とにかく現場を隅から隅まで歩いて観察する。
笹やフキがうっそうと茂っていても関係なし。ガレガレのガレ場でも気にせずにガシガシ登っていく。時々立ち止まり、周囲を見渡し、何か考え事をしている。メモはしない。頭の中で改修工事のイメージを作っているのだろうか。
 数日後、我々の手元に届いた設計書を見て、思わず「うむむ・・・やるな、こやつ」と唸ってしまった。わずか1時間たらずの現場観察だけだったのに、河床の礫サイズから、河川勾配、平水時・増水時の流量と流速、土砂堆積の履歴、周囲の河畔林の形成過程等々をつぶさに把握している。驚くべき観察力、洞察力だ。さらに改修案が斬新だった。現在進行形の仕事なので、今ここで彼の設計を紹介することができないのは残念だが、これがもし実現すれば全国でも有数の近自然河川工法のモデルになるだろう。わずか短時間にこれだけの仕事をするとは・・・。熟練の、プロの技術者というのは、彼のような人を言うのではないか。彼は土木技師、私は森林技師と分野は違うが、同じ技術者として目標にしたい人だ。

2. 学問的思考と事務屋的思考

 前振りが長くなったが、今回ここで紹介したいのはこの改修工事のことではない。事務所での打ち合わせ後の談笑時にAさんが言った一言である。
「あなたは最近学問的思考で考えてますか? 忙しさに追われて事務屋的思考に染まってませんか」
 突然の抽象的問いかけにびっくりしたが、すぐに、鋭い指摘だな、と思った。そして彼の指摘はそのとおりだと思った。森林管理の技術者として働くようになってはや4年目に突入しようとしているが、最近はじっくり考える機会が本当に少なくなっている。毎日膨大な事務量に終われ、それを何とかさばくため、じっくり考えることを意識的に避け、常に効率性を念頭において仕事をしている。いかに効率的に、短時間で正確に仕事をこなしていくかばかり考えて仕事をしていると言っても過言ではない。一つ一つの案件をじっくり考えていたら、とても仕事が回っていかないのだ。私は今、完全に事務屋的思考に染まっている。
 学生時代は違った。身の回りの出来事、ニュース、そのひとつひとつに聞き耳を立て、そのひとつひとつの意味を理解しようとした。さらにそのトピックがその他事象とどう関連付けられるのかを常に考えていた。親しく付き合っていた教官の「常識を疑え!」的な発想に影響されていたこともあるだろう。しかしそもそもわたしが専攻していた社会学が、そのような思考法を要求していたのだ。社会事象の構造を理解し、意味を理解し、オリジナリティのある視点を見つけ出す。この方法論で、社会を捉えなおし、生活をとらえなおし、他者を捉えなおし、そして自分を捉えなおすのが社会学という学問なのである。学生時代は、多くの文献を読んで、講座の仲間と毎日議論し、そして外へ出かけていろんな人にインタビューした。それらすべてが学問的思考を身に付ける訓練の場だった。ちなみに冒頭の技術者は、その頃の調査時にインタビューした方だ。いずれにせよ、私の社会観、人生観は、この時代に作られたと言える。
 あれから4年。あの頃のように、じっくり考えることが最近、本当に少なくなった。社会学の文献もめっきり読まなくなった。自分が自由にできる時間が少なくなったこともあるが、やはり事務屋的思考に染まってしまい、学問的思考への頭の切り替えがうまくできなくなっていることが一番だろう。
 事務屋的思考の本質は、仕事の効率性、正確さだ。そこでは仕事のオリジナリティは問われない。与えられた仕事をいかに短時間に、正確に回していくかが問われる。一方で、学問的思考の本質はオリジナリティだ。独創的な仕事をすることがその本義である。そこでは正確さこそ求められるものの、効率性は第一の問題にはならない。このように事務屋的思考と学問的思考は、その性格がかなり異なる。そのため、事務屋的思考→学問的思考、学問的思考→事務屋的思考の頭の切り替えが難しいのである。理想的には、1日の生活や仕事の中で、事務屋的思考と学問的思考を上手に使い分けることが良いのだが・・・。

3. プロフェッショナルな技術者を目指して

「自分の現状には不満を持っています。事務屋的思考と学問的思考をうまく使い分けて、バランスの取れた技術者になりたいと思っているのですが・・・」
 私は搾り出すように、Aさんの問いかけに答えてみた。しかし今の現状では、その返答はむなしいだけだ。
 私が今持っている人生観、社会観は、ほとんどが学生時代の産物である。就職してから新しく考えたことはほとんどない。学生時代の貯金で食いつないでいるような気分だ。このままではいけない。私は、学問的思考を取り戻して、バランスの取れたプロの技術者になれるのだろうか。同じ技術者としてAさんと肩を並べることができるだろうか。
© 2004 Haru


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