森林は本当に緑のダムなのか?

haruo72005-09-05

質問:地域のC川の流量が、昔に比べてかなり減った。推移データによると30年前と比べ、C川の水位は1mくらい低下している。これは流域の森林が伐採されたからではないか。
答え:河川の流量が減った原因はよく分からない。C川については、私見では森林伐採は流量低下の直接の原因ではないように見えるが、評価の題材となるデータが十分に揃ってないので、「よく分からない」としか言えない。

 最近、上記のような、森林の緑のダム機能に関する質問をよく受ける。漁業資源の保全や環境問題への関心の高まりなどから、住民の河川環境に対する意識も高まっているからだろうか。先週は3人の方から同様の質問を受けた。河川の水位低下については、C川のみならず、北海道の多くの河川で顕著になっている問題という。そして多くの方が、河川の水位低下の原因を森林伐採と結びつけて語りたがる。なるほど北海道においては、戦後の高度成長から低成長期にかけて、森林伐採と農地造成が飛躍的にすすんだ。その現実を目の当たりにしてきた地域の方々にとっては、森林伐採はある意味分かりやすい要因であるし、また森林には水源かん養機能があるので、河川の水位低下と森林伐採を結び付けたがる心境も分からないわけではない。しかしわたしの専門の林学の視点から見ると、両者はそう単純には結び付けられるものではないし、またC川を個別具体的に見ていっても、なかなかそんな簡単な話では済まないように感じる。順を追って、具体的に検討してみよう。
1.森林の水源かん養機能について
 地域の人たちが河川の水位低下と森林伐採を結びつけたがるのは、森は水を蓄えることができる、という「緑のダム説」を信じているからであろう。緑のダム説は、もともと、森林のもつ水源かん養機能を根拠としている。しかしこの機能について曖昧なイメージは持っていても、そのメカニズムと限界について具体的に理解している人はほとんどいない。
 森林のもつ水源かん養機能とは、次の2点のことである。一つは渇水緩和機能であり、もう一つは洪水防止機能だ。両者をまとめて「流量の標準化」とも言う。さて、本稿で問題としているのは河川の水位低下と森林伐採との因果関係についてであるから、ここで議論すべきは森林の渇水緩和機能の方である。つまり森林の渇水緩和機能に焦点を当てれば、流域に森林があることによって河川の水位は高いレベルで安定することになり、逆に流域の森林が伐採されてなければ河川の水位は低下することになる。しかしここで、立ち止まって考えてみたい。果たして本当に、森林に渇水緩和機能はあるのだろうか?
 この問いに答える前に、まず森林の渇水緩和機能についてそのメカニズムを押さえておこう。渇水緩和機能で重要なのは、樹木の存在よりも、森林内の土壌の存在の方である。森林土壌は、農地や湿地などの他の土壌とは異なり、団粒構造という、大小さまざまな孔隙(すきま)を持った構造となっている。この孔隙は、ミミズなどの土壌生物の移動によってあけられる。大きな孔隙は水を素早く染み込ませ、小さな孔隙は染み込ませ速度は遅いものの、土壌内に水を長い時間とどめる働きをする。このメカニズムによって、森林は降雨時に、大量の雨水を土壌内に貯留することができる。そして蓄えられた雨水を徐々に、時間をかけて河川へ流すことで、渇水流量を高い水準で安定させる。これが一般に言われる、森林の渇水緩和機能のメカニズムである。
 データを見てみよう。「図 土地利用による流況曲線の差異」を見てほしい。これは、土地利用の違いによって河川に流出する流量がどう変化するのかを比較した図である。森林流域、ゴルフ場、コンクリート被覆流域と3つの土地利用で比較している。流況曲線とは、1年間の流量データを日ごとに把握し、流量のもっとも多い日から順番に右側から並べて、つないだ曲線である。この曲線を作れば、当該流域の流量変化の特徴をつかみやすく、異なる流域の比較がしやすくなる。ここで問題となっている森林流域は、赤色で示してある。上の図は流量が多い時期(豊水流量)を見るための図であり、下の図は平水から渇水期の流量を見るための図である。
 下の図を見てほしい。100日目以降の、平水流量(185日目)から渇水流量(355日)にいたる過程では、森林流域の流出量は他の土地利用でのそれを上回り、高いレベルでなだらかなラインを示している。つまりこれは、渇水期にはゴルフ場、コンクリート被覆流域よりも、森林流域の方が流出量が多いことを示すデータであり、森林のもつ渇水緩和機能を証明するデータである。森林は、土壌の働きによって土壌内に雨水を貯留し、それを徐々に流すことによって渇水期の流出量を増やし、流況曲線をなだらかなラインにしているのである。
2.森林の水源かん養機能の限界について
 しかしこれまでの林学の研究で、この定説は見直されつつある。この定説を覆すデータが提出され、森林の渇水緩和機能には限界があると指摘されている。われわれはこの事実に注視しなければいけない。
 たとえば渇水期の流量増加については、森林があることによってむしろ河川流量を低下させてしまう場合があり、必ずしも常に高い渇水緩和機能があるとはいえない。国土交通省のHPにこれに関するデータが掲載されている。愛知県の白坂流域のデータでは、1980年(流域の森林面積の多い時期)と1930年(森林面積の少ない時期)を比較して、渇水期において、森林面積の少ない1930年の方のが河川流量は多くなっている。このデータは、まさに森林には渇水緩和機能がないと言ってるデータである*1。前章で紹介したデータとは明らかに違った結果となっている。
 また日本の科学者で作る日本学術会議も、平成13年の答申において、森林の渇水緩和機能の限界について「流況曲線上の渇水流量に近い流況では(すなわち、無降雨日が長く続くと)、地域や年降水量にもよるが、河川流量はかえって減少する場合がある」と言及している。これらを踏まえると、これまで盛んに喧伝されてきた緑のダム機能は怪しい部分も出てくる。
 それではなぜ森林があるのに流出量は減ってしまうのだろうか。この答えは意外と簡単である。まず第一に、森林は自ら生長するために水を使ってしまうからだ。樹木は、根から水を吸い上げ、その水を呼吸や光合成に使うことによって、生命を維持している。使われた水は大気中に放出される。これを蒸散と言う。樹木が根から水を吸い上げる量は、森林総合研究所の調査によると、降った雨の、実に42%にものぼる。
 また第二に、森林樹冠部の蒸発作用がある。降った雨の一部は、樹木の幹や枝や葉に当たり、枝や葉に留まり、そして地面に到達することなく蒸発する。その量は降った雨の11%である。森林の樹冠面は凹凸が激しく、風も乱れ、雨が降っている時にさえ蒸発していると言われている。
 これらの蒸発散作用により、最終的に森林土壌に染み込み地中を通って河川へ流出する量は、降った雨の35%程度に留まる。これが森林による河川の流出量低下の原因である。森林は常に高い渇水緩和機能をもつのではない、限界がある、と言ったところが我々の持つべき認識であろう。そもそも森林のあるなしのみで流出量増減の説明をしようとすること自体が無理があり、地質や地形、土壌条件、降雨パターンなど複数因子を射程に入れて、総合評価をするスタンスが必要である。
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3.C川の流出量低下に関する私見
 さて、話を元に戻そう。私は冒頭で、地域のC川の水位がこの30年で1m下がったこと、そしてその原因は流域の森林伐採ではないか、という地域の方々の質問を紹介した。それに対する私の答えは、「河川の流量が減った原因はよく分からない。C川については、私見では森林伐採は流量低下の直接の原因ではないように見えるが、評価の題材となるデータが十分に揃ってないので、『よく分からない』としか言えない。」だった。
 もうお分かりであろう。上記で見てきたように、森林の渇水緩和機能は限界があり、森林があることによって河川流量を低下させてしまう場合もあるのだから、安易に、流量低下と森林伐採との関連づけることはできない。地質や地形、土壌条件、降雨パターンなど複数因子を射程に入れて総合評価しなければ、正確な分析はできない。これがわたしの取りたいスタンスである。それらのデータが私の手元に揃ってない以上、地域の方々には申し訳ないが、何とも評価しようがないのである。
 加えてC川の評価が難しい点をもう一点挙げよう。それはC川は現在でも、かなりの水辺林が残されていることである。C川の土地利用変遷図を明治期から現代まで手に入れることができたので、その推移を比較しながら追ってみた。確かに明治以降の過程で流域では猛烈な農地開発が進んだが、しかしそれでも、現状でも水辺林はかなりのボリュームで残されていることが分かった。C川は現在でも、上流から下流まで、流路の両側に、100m以上の幅で水辺林が残されている。C川の水辺林の状況は、日本の他の河川に比べかなり恵まれているといえよう。しかしこの現実は、流量分析を一段と難しくさせる。つまり、ここで考えなければいけないのは、水辺林が500mは残っていた昔と、100m残っている現在とでは、どれだけ森林の渇水緩和機能の差があるのか、ということだ。はっきり言って、ここまで来ると完全に私の手には負えなくなる。誰か研究者の人、教えてくれないかなぁ。
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参考・引用文献
森林総合研究所北海道支所編,1998年,北海道 森を知る,北海道新聞
鈴木雅一、1988年:261-268p. 山地流域の流出に与える森林の影響評価のための流況解析、日本林学会誌70
中村太士、2003年.森林の公益的機能の限界と可能性(講演集),(社)北海道造林協会
中村太士、1999年.流域一貫−森と川と人のつながりを求めて,築地書館

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*1:ただしこのデータを、そのまま素直に鵜呑みにするわけにはいかない。1980年と1930年とは年平均雨量が違うし、森林面積の多い・少ないという区分け自体も大雑把過ぎる。民主党が提唱した「緑のダム構想」によって河川工事ができなくなるのを恐れた国土交通省が、都合の良いデータを持ってきて自己正当化しているようにも見える。