東野圭吾「秘密」(文春文庫)

 東野圭吾「秘密」は、バス事故で妻を失い、残された夫と娘の間の秘密。読み進むうちに、主人公の心情が痛いほどわかり、苦しくなった。自分がその立場だったらどういう選択をするか、と考えながら読んだ。

 きっと自分なら、主人公とは違う選択をするだろう…。

伊丹十三監督「マルサの女」

マルサの女 [DVD]マルサの女 [DVD]
伊丹十三

ジェネオン エンタテインメント 2005-08-24
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 だいぶ昔にテレビで見たことがあったが、今回、我が家の正月休み映画週間ということで、伊丹十三監督「マルサの女」を借りてきた。

 国税庁という普段はスポットが当たらない地味な官庁を舞台として、宮本信子扮する国税庁の職員が、脱税を繰り返す会社社長を追い詰めその仕組みを暴いていく展開。国税庁に狙いをつけたところが斬新だし、わたしたちの知らない世界の実態を次々と紹介してくれて好奇心をそそるし、テンポが良いのでドキドキ感があり娯楽性に富む。とても楽しく見れる映画だ。

 仕事で経理をかじっているので、今回は以前より余計に楽しめた。

 脱税のポイントの一つは、現金の収受だ。

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郷ひろみ「ダディ」

ダディ
ダディ郷 ひろみ

幻冬舎 1998-04
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 編集者の見城徹氏に興味があり、彼がコーディネートした郷ひろみ「ダディ」を読んだ。
 おしどり夫婦の離婚という事実を、この本の発売の日に発表するというセンセーショナルさ。このような仕掛けを作り本を売りまくってしまうところが、編集人・見城徹の真骨頂だろう。

 本書には、スター郷ひろみの飾らない、ありのままの弱い人間像が描かれている。

 潔癖症の妻が怖くてビクビクしているのに、競演した後藤久美子を誘って食事に行ったりする。「ふたりっきりで食事をしたいという原始的な願望というか、欲望には勝てなかった」(97p)という。そして勘の良い妻にバレる。靴でなぐられる。なんとも、まあ、かっこ悪い姿だ。
 芸能界は魅力的な女性が多いので大変だな。檻に入れられた大好物を目の前にして我慢させられている狼、そんなシチュエーションも多いのだろう。きっと。芸能人って大変だな。

 週刊現代に「私を抱いた有名人」という特集で、自分の名前が載る。そこで妻に話すか話さないかで迷うが、結局だんまりを決め込む。そこからが大変だ、妻が行きそうな美容院、病院、空港などに先回りして雑誌を回収したり買ったりする。でも結局、ばれた。妻の前で記事を2回ほど朗読させられたという。

 違う。努力するところを完全に間違えている。頭のネジが1本かけ間違えているかのようだ。

 この人、SかMかで言えば、完全なるMだ。
 自分で追い詰められた状況を作っている、そしてある意味、そういう状況を望んでいるように見える。

 こういう人、近くにいたら、本当に疲れるだろうな。

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(私の本書の評価★☆☆☆☆)
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松田素二「都市を飼い慣らす―アフリカの都市人類学」

都市を飼い慣らす―アフリカの都市人類学
都市を飼い慣らす―アフリカの都市人類学松田 素二

河出書房新社 1996-02
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 アフリカの主要都市ナイロビをフィールドワークした人類学者の都市社会学史。

 ナイロビのスラム街に潜り込み、何ヶ月も生活し、住民と仲良くなる中で見えきたアフリカの出稼ぎ民の実態、背景、都市と地方の変動史。未開さを愛でるこれまでの人類学に違和感を感じ、都市という巨大な生活空間をまるごと対象しようと決意した稀代の人類学者によるルポルタージュとしても読める。

 スラム街生活の中で気づいた疑問から出発し、聞き取りからその背景を解き明かしていく展開力は見事というしかない。近所の友人らの出稼ぎの様態から、アフリカ近代史まで解釈を広げていくのである。その過程で、アフリカ=部族社会というステレオタイプの枠組みを批判し、もっと狭い身内ネットワークこそ有効であると主張する。

 調査対象者数は決して多くない。「都市という巨大な生活空間をまるごと対象」にしながら、大規模なアンケート調査もない。スラム街の近隣の住民を対象とした、限られた人々に対する聞き取りをベースとして、「出稼ぎ文化」「漂泊、旅」「インフォーマル」「身内ネットワーク」などをキーワードに、アフリカ社会の変動をダイナミックに描いていく。

 絶対的貧困、圧倒的な絶望世界を前にしても、アフリカの出稼ぎの民はタフだ。絶望することなく、したたかに適応して生活世界を構築していく。そのたくましさ、楽天的な性格は、同じ現代を生きる日本人とはまるで異なるメンタリティだ。
 このようなアフリカの民について、著者・松田は「抵抗」「創造」と表現する。そして「都市を飼い慣らす」と表現する。絶望世界に対峙するアフリカの民の適応を「抵抗」「創造」と言うことには違和感は感じなかったが、「都市を飼い慣らす」とまでは言えるのかな?と感じた。「都市を飼い慣らす」とは強い能動表現だ。アフリカの民が都市をコントロールしているようなイメージになる。しかしアフリカの民の実態は、そこまで能動的ではなく、圧倒的な絶望世界に対してなんとか抗っているというのが実態ではないか。本書のタイトルも「都市を飼い慣らす」だが、だいぶ勇み足ではないかと感じた。

 データからイメージを膨らませていく能力の高さは、まさに社会系の研究者になるべくして生まれてきたような人物だ。わたしも大学院時代同じようなアプローチに憧れ実践しようとしたことがあるが、展開力のなさが露呈し結局断念した。自分自身の社会学的想像力のなさを痛感しているからこそ、著者・松田の研究者としての能力の高さをリアリティを持って理解することができるのかもしれない。

 文章もうまい。読み手を離さない構成、論理展開、持論を展開するときの、違和感を与えない巧みな言い回し。人類学者以外の素人も興味をもって読める内容に仕上がっている。お勧めの本だ。

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(私の本書の評価★★★★☆)

渥美清、倍償千恵子、山田洋次監督「第33作 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」、西田敏行,三國連太郎「釣りバカ日誌 20 ファイナル」

第33作 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 HDリマスター版 [DVD]
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松竹 2008-10-29
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釣りバカ日誌 20 ファイナル [DVD]
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松竹 2010-05-08
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おすすめ平均 star
star国民的娯楽感動の完結
star最後まで完璧!
star色々な思いを重ね合わせる‥そんな終わり方

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 撮影の舞台が北海道東部という基準で借りた2作品。

 寅さんの方は、撮影が釧路市根室市中標津町、養老牛温泉で、1983年頃の当時の街の様子が写されている。釧路市根室市の街の賑わい、養老牛温泉の旅館「藤や」の繁盛振りも見える。今とは雰囲気がまったく違うな。
 旅先で出会った「マドンナ」に惚れるがうまくいかないという展開はいつも同じだが、妹のさくらや家族との家族愛に支えられ、心温まるシリーズだ。ヒューマンストーリーと同時に、日本各地の美しい風景を描く記録映画としての一面も持っている。「当時の網走はどんな雰囲気なんだろう?」「当時の釧路は?」という視点で見るのも楽しい。同じ山田洋次監督による「幸福の黄色いハンカチ(1977)」「遙かなる山の呼び声(1980)」も道東地域の当時の風景が描かれていてとても感慨深い。見るたびに心温まり、懐かしくなる心のふるさとのような映画で、まさに日本の「国民的映画」だ。
 寅さん映画シリーズは1969年から始まり、1989年ごろまで年2作のハイペースで作られ全48作品。


 釣りバカの方は、ロケ地が中標津町厚岸町弟子屈町で、撮影は昨年の2009年である。私の友人の職場も撮影舞台となっている。
 脚本が山田洋次氏だけあって、このシリーズも釣り旅行を通して、日本全国の町の様子、美しい風景をストーリーにリンクさせて、記録映画としての価値も持っている。西田敏行を軸とした出演者との軽妙なやりとりがこの映画の魅力のひとつだ。特に三國連太郎とのやりとりは絶品と思う。釣りバカも1988年からほぼ毎年1作品のペースで作成され、『男はつらいよ』シリーズと並び松竹を代表する国民的映画シリーズとなった。

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江上剛「もし顔を見るのも嫌な人間が上司になったら―ビジネスマン危機管理術」

もし顔を見るのも嫌な人間が上司になったら―ビジネスマン危機管理術 (文春新書)
もし顔を見るのも嫌な人間が上司になったら―ビジネスマン危機管理術 (文春新書)江上 剛

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starタイトルと内容は別物
star人生を生き抜くための「ガイドブック」
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 江上氏の会社は非情なもの、冷たいものという突き放した見方が腑に落ちた。

 ここで生き残っていくためには、「常在戦場(じょうざいせんじょう)」の意識を持ち、つねに闘いの最前線にいることを自覚すべき、自分のことは、自分の家族のことは自分で守るしかないという。

 それでも、本書には明確に書かれていないが、本書を通して感じるのは、江上氏の優しさや愛である。常在戦場のサラリーマン社会にあっても、そうやって仲間を大切にし支えあっていくのも生き残っていくすべなのであろう。

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黒澤明「デルス・ウザーラ」

(Дерсу Узала, Dersu Uzala)

 今から15年前の学生時代に、仲間と共に探検隊を作ってロシアに渡った際に、現地の通訳のおやじさんがこの作品を絶賛していたのを記憶している。それ以来、図書館やレンタルビデオで何度も探したが手に入らず、先日もういい加減に見てやろうと、思い切ってDVDを買ってみた。5,432円だった。

 非常によかった。涙は出ないが、ジーンと」胸に来るものがあった。

 話の内容はシンプル。主人公は軍人で極東探検を命じられたアルセーニエフ(ユーリー・ソローミン演じる)。当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。先住民ナナイ(旧ロシア名:ゴリド)族のデルス・ウザーラがガイドとして彼らに同行することになる。デルスの自然の中での洞察力と行動力に探検隊メンバーは驚き、彼を受け入れ、そして敬愛するようになる。川や石などを生き物として捉え、共存の知恵を次々と探検隊に教える。野生動物や植物を恐れ、決して無駄にはしない生き方は自然の民として営々と受け継がれてきたゴリド族の文化だったのであろう。

 しかし二度目の探検の時にデルスは目を悪くし、山での生活が難しくなり、主人公アルセーニエフを頼って街(ウラジオストック)へ出る。しかし発砲もできない、テントも張れない、木も伐れない都会の生活になじめずに、再び山へ戻っていく。そしてある日、主人公のもとへデルスが他殺された報が入る。

 デルスが都会の生活になじめないシーンは、前近代から近代へ時代が向かう頃の人々の葛藤を彷彿とさせる。この作品は、もちろん各登場人物のヒューマンストーリーだが、近代社会が抱える問題点まで射程にいれた内容になっており、余計に感心してしまった。
 年老いたデルスのためを想って最新式の銃をプレゼントした主人公だが、その銃狙いの強盗によってデルスが殺されてしまう悲劇。人の社会の不条理そのもの。
 当時の探検隊の目的は地図を作成するためのものであり、それは国境線を画定したいというロシア政府の国益の発露であった。ロシアが当時恐れていたのは、隣国の中国であり、そして日本だった。対日本も想定した探検隊のヒューマンストーリーを、黒澤明という日本人監督が作成するというねじれ。黒澤監督はこの部分をどう消化して撮影に望んだのであろうか。