黒澤明「デルス・ウザーラ」

(Дерсу Узала, Dersu Uzala)

 今から15年前の学生時代に、仲間と共に探検隊を作ってロシアに渡った際に、現地の通訳のおやじさんがこの作品を絶賛していたのを記憶している。それ以来、図書館やレンタルビデオで何度も探したが手に入らず、先日もういい加減に見てやろうと、思い切ってDVDを買ってみた。5,432円だった。

 非常によかった。涙は出ないが、ジーンと」胸に来るものがあった。

 話の内容はシンプル。主人公は軍人で極東探検を命じられたアルセーニエフ(ユーリー・ソローミン演じる)。当時ロシアにとって地図上の空白地帯だったシホテ・アリン地方の地図製作の命を政府から受け、探検隊を率いることとなった。先住民ナナイ(旧ロシア名:ゴリド)族のデルス・ウザーラがガイドとして彼らに同行することになる。デルスの自然の中での洞察力と行動力に探検隊メンバーは驚き、彼を受け入れ、そして敬愛するようになる。川や石などを生き物として捉え、共存の知恵を次々と探検隊に教える。野生動物や植物を恐れ、決して無駄にはしない生き方は自然の民として営々と受け継がれてきたゴリド族の文化だったのであろう。

 しかし二度目の探検の時にデルスは目を悪くし、山での生活が難しくなり、主人公アルセーニエフを頼って街(ウラジオストック)へ出る。しかし発砲もできない、テントも張れない、木も伐れない都会の生活になじめずに、再び山へ戻っていく。そしてある日、主人公のもとへデルスが他殺された報が入る。

 デルスが都会の生活になじめないシーンは、前近代から近代へ時代が向かう頃の人々の葛藤を彷彿とさせる。この作品は、もちろん各登場人物のヒューマンストーリーだが、近代社会が抱える問題点まで射程にいれた内容になっており、余計に感心してしまった。
 年老いたデルスのためを想って最新式の銃をプレゼントした主人公だが、その銃狙いの強盗によってデルスが殺されてしまう悲劇。人の社会の不条理そのもの。
 当時の探検隊の目的は地図を作成するためのものであり、それは国境線を画定したいというロシア政府の国益の発露であった。ロシアが当時恐れていたのは、隣国の中国であり、そして日本だった。対日本も想定した探検隊のヒューマンストーリーを、黒澤明という日本人監督が作成するというねじれ。黒澤監督はこの部分をどう消化して撮影に望んだのであろうか。