道路特定財源報道を見ながら、田舎における道路整備の必要性を考える(ストロー効果の観点から)

 わたしの住む北海道の東部地域は、かつて社会インフラが貧弱で、たとえば国道などの幹線道路ですら、つい30年、40年前までは砂利道で不便だったという。先日も地元出身の年配者から話を聞いたが、特に春の雪解け時期には道路がぬかるみ、場所によってはぐちゃぐちゃになって、馬車や車がはまり動けなくなるトラブルも多かったという。近隣の中核都市まで20キロ弱だが、移動に半日かかったこともあったという。
 それが今はどうだろう? 今では路肩部を十分にとった立派な国道ができ、中核都市までわずか20分程度たらずだ。かつての砂利道時代から比べると、移動時間は実に1/10以下に短縮されたことになる。


1 田舎生活が便利になることのメリットとデメリット
 便利になるのは良い事だ。都市には大型スーパーがあり、モノは溢れ、物価も田舎よりは安い。子供を遊ばせる遊具施設もあるし、レストラン、飲み屋もたくさんあり休日など楽しめる。子供が病気になってもすぐに都市の病院に運ぶことができる。便利ということは生活の安心にもつながっているのだ。教育にも良い。親は、優秀な先生が集まりやすく生徒数も多い都市の学校にわが子を通わせたい。道路があれば田舎から通学させられる。便利になることは田舎に住む者にとって良いことだらけのように見える。
 しかし便利さには負の側面がつきまとう。都会の便利さを享受できるということは、一方で田舎のサービスなど必要なくなる、田舎は切り捨てられるという側面をもつ。もっとも影響が顕著なのは経済分野だろう。
 道路網が発達すると、かつて地域内で行われていた経済活動は近隣の中核都市に吸収される。考えてみれば当たり前だ。わざわざ物価が高く物も少なく、時には接客も悪い地元の店を使う人も少ない。少し足を伸ばせば便利な大型スーパーがあるのだから。必然的に田舎の商業は衰退する。
 病院や学校も同じだ。住民は良い病院を選びたい。自分や家族の健康に関わることだから、病院の質への関心は高い。高い質を求めれば、医師や設備の整った都市の病院に通い、田舎の病院には人が集まらなくなる。人が集まらないから経営は赤字になり、病院側は診療科の数を減らし医師を減らす。そうすると、ますます人が集まらなくなるから、さらに経費を削減する…。田舎の病院のほとんどはこの負の循環に陥って、抜け出せなくなっている。学校も、高校などは都会の高校にみな通う。


2 ストロー効果という概念
 ストロー効果ストロー現象という概念がある。この概念は、人がコップからストローを通して水を飲む動作をもとに、交通網の整備と地域経済の動向をうまく例えた概念だ。つまりこういうことである。
 人とコップのたとえで言えば、人は都市、コップはその周辺の田舎である。都市と田舎が道路や鉄道などで結ばれると、そこに大きな地域社会の変動が発生し、田舎から都会へ経済の流出、人口の流出などが起こる。それは例えれば、人(都市)がストロー(道路)を通してコップ(田舎)から水を飲むようなものだ、こういうモデルのことである。
 交通の悪さや運賃の高さなどの要因は一般的には、買い物・通学・通勤などの日常行為に大きく働く。これが解消されれば、一気に経済圏や教育圏は都会に移る。一方で、都市から田舎への流れは、田舎の人が期待しているほど膨らまない。このベクトルは旅行やレジャーなどの分野が期待さるが、交通網が整備されたからといって田舎への旅行者が大きく増えることはない。むしろ旅行の分野でさえ、交通網の整備によって宿泊や食事などの減少を招くこととなり客単価が低下するケースも多い。つまり、交通網の整備は、田舎の効用より都市の効用のがはるかに大きいのである。
 このような現実を踏まえて、ストロー効果ストロー現象の概念は、以下の命題を引き出す。

ある交通網の分岐点が発展して、分岐先は衰退する
ある交通網の中で規模の大きい都市が発展して、田舎町は衰退する


3 日本の田舎の「死に至る病
 これは戦後において道路整備が活発に進んだ北海道の各地域を見ても、当てはまるケースの多い説得的なモデルだ。交通網の整備が進めば、田舎から都会へヒト・カネが流れ、人口は減少し地域経済が衰退し、病院・学校などの社会インフラも脆弱になる。
 交通網の整備は、田舎に住む弱者いじめという側面ももつ。交通網の整備がすすみ移動距離が長くなると、マイカーを持っているか否か、運転できるか否かが決定的に重要になる。公共交通機関が貧弱な田舎では、バスや鉄道はほとんど期待できない。買い物に出かけるにしても、病院に通院するにしてもマイカーの存在が不可欠となる。しわ寄せは、この手段のもてない老人や子供たちだ。不便の臨界点を超えると田舎を引き払い、都会に移り住む人も多い。中核都市はますます繁栄し、田舎の過疎化はますます進む。
 しかしだかといって、地方の交通網の整備は必要ないかと言えば、必ずしもそうとはいえない。田舎の産業基盤は一次産業であることが多い。新鮮な農作物や魚介類を迅速に運ぶためにも道路は必要だ。突如病気になり緊急搬送する場合でも、田舎と都市の病院をダイレクトに結ぶ道の存在は不可欠だ。
 このように分析すると、交通網整備が進んでしまった現代日本においては、もはや田舎の過疎化、地方の衰退は止めることのできない病であることが分かる。田舎の人たちは都会並の便利さや、地域の発展を期待し道路建設などを求めたことによって、ストロー効果によって逆に地域を衰退させてしまった。地域のためと思って良かれと思ってやったことが、結果として地域を悪くしてしまったという悲しい現実。
 道路網がある程度出来上がってしまった以上、もう後戻りはすることはできない。田舎の人たちが町づくり運動をがんばっても、ほんどの地域ではもうどうにもならないだろう。デンマークの哲学者キェルケゴールの言葉を借りれば、日本の地方は「死に至る病」の重病患者なのである。


4 道路特定財源議論とこれからの地方
 道路特定財源暫定税率の問題で、自民党民主党のガチンコ勝負が話題になっている。議長あっせん案でひとまず落ち着いたように見えるが、3月末にかけてふたたび壮絶なバトルがはじまるであろう。
 しかし自民党民主党どちらの案も、地域の発展に資するとはまったく思えない。自民党ストロー効果という概念をまったく理解していない。それと結託している地方も、自らの首を絞めているだけだ。民主党暫定税率廃止は、国民に媚びているだけとしか思えない。衆愚政治の典型例だ。まだ一般財源化案のほうがマシだった。
 社会構造を根本的に変えない限り、地方は衰退し、滅びゆくだろう。戦争のように劇的に滅びるというよりも、ゆっくりと静かに滅んでいくだろう。これが今後30年の日本社会の姿だ。
 北海道でも製造業誘致など打ち出して取り組みを進めている。確かに製造業は裾野が広いので誘致に成功すれば、その田舎は発展する可能性が高い。しかし誘致に成功する地域は限られている。大都市に近い、大型漁港や基幹道路が整備されていることなど企業が求める条件のハードルが高いからだ。どこの町にでもできることではない。過度の夢をみるべきではない。
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