マキアヴェリ著(マキャベリ)、佐々木毅訳「君主論」

君主論 (講談社学術文庫)
君主論 (講談社学術文庫)マキアヴェリ 佐々木 毅

おすすめ平均
stars麦酒の苦味に似た味
stars政治学帝王学のために必読。
stars君主論
stars現代でも十分に生きる政治観
stars分かりやすい

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 ニッコロ・マキャヴェッリは、イタリアの中世の政治思想家であり、代表作の本書において非常にラディカルな統治論、帝王学を展開している。徹底して性悪説の立場に立った上で、統治のためには「慈悲深さよりも恐怖を」と説く。平等主義や人権など近代的価値観に染まった市民派、民主主義者には絶対に書けない内容だ。少し極端過ぎるかなと思う部分もあるが、きれい事だけでは済まない現代社会の実情を考えると、「そうせざるを得ないのかな」と思う部分もある。マキャベリの思想に共鳴するかしないかは読者個々人の判断だが、いずれにせよ、近代的価値観である「人権」「民主主義」について改めて考え直してみるための最良のテキストといえよう。

…「君主論」の中でもフランスのように安定した王政についての議論は極めてあっさり片付けられ…権力は極めてダイナミックに動き、成長し、崩壊するものとして描かれ、法制度などによって支えられた、安定した権力のあり方とは違った権力の生態学が浮かび上がっている。(11p)

…君主の血統に服従してきた世襲的な領域を維持するのは新しく獲得した領土を維持するのよりも容易である。それというのもそれを維持するには先祖伝来の秩序から逸脱しないようにし、諸々の出来事に対して適切に対処するのみで充分であるからである。(32p)

 日本でも国会議員などで2世、3世議員が増えている。それはマキャベリが分析したように、自分の地元(選挙区)では父、祖父が作った秩序を逸脱しないように維持しているからであろう。そしてそうした2世議員のもう一つのメリットは、たたき上げの新人議員より地元対策に労力を払わなくても良いので、結果として中央で働く時間を確保することができ、中央でも出世することになる。その証左として、今の日本の大臣や党の要職は2世、3世議員ばかりではないか。今の福田康夫首相、前の安倍晋三首相、小泉純一郎首相も皆2世議員だ。
 権力者の後継指名も、ここで述べられている世襲的な権力の亜種として位置づけられるのではないか。後継指名され無風選挙で選ばれた権力者は、新しい権力者よりも秩序の維持は容易である。しかし一方、地元体制や自分が統治する組織を根本的に改革することは難しいという側面ももつ。根本的な改革は自らの権力基盤を根こそぎ破壊してしまう可能性があるからである。

一度反乱を起こした地方を再度得た場合、容易にそれを失うことがないというのは正しく真実である。それというのも君主は反乱に乗じてなんら気がねすることなく法に叛く者を処罰し、疑わしい人間を徹底的に糾明することによって自らの地位を固め、弱体な側面に対策を講ずることになるからである。(35p)

 これが真ならば、権力者の立場からみると自らの権力基盤安定のためには、時には反乱を起こさせるように仕向けた方が良いことになる。小泉純一郎元首相はこのマキャベリの格言に忠実に従ったといえ、内なる敵を見つけ出しそれらを「抵抗勢力」と呼び追い詰め、反乱を起こさせた。対決し反乱者を離党に追い込むなど徹底的に処罰することによって、党内での潜在的反乱者を萎縮させ眠らせ、自らの権力基盤を磐石なものとしていった。小泉のその対決姿勢に世論は喝采した。

…ある地域を制圧してその獲得者の旧来の領土に併合する場合、この二つの領土は同じ地域に属し、しかも同一の言語を用いているか、あるいはそうでないかのいずれかである。前者の場合、特にこの被征服地が自由な国制に親しんでいない時、それを維持するのは極めて容易である。(36p)

 近代の例で言えば、西ドイツの東ドイツ統合がスムーズにいったことがあげられるだろうか。細かい議論はいろいろあるかもしれないが、大つかみで議論すると。また将来の朝鮮半島における韓国による北朝鮮統合にも当てはまるのかもしれない。

 しかしるに言語、習慣、制度において旧来の領土と異なる地域に領土を得た場合、そこには多くの困難があり、それを維持するためには非常な幸運と努力とを必要とする。…そこに生ずる諸困難に対する最上かつ最も有効な対策の一つは、征服者自らがその地へ赴き、居をかまえること…(37p)

 すぐ思いつくのは、アメリカのイラク統治の失敗の事例だ。言語、習慣、制度において大きく異なるイラクに対し、アメリカの統治は失敗の連続となってしまった。統治をうまくやるためにはマキャベリが述べているように、アメリカのブッシュ大統領が自らがイラクに乗り込んで統治すればよかったかもしれない。しかし今の近代国家の仕組みからして、それは無理な選択肢であるが。
 ところが一方で、不思議なことに、アメリカの戦後の日本統治は非常にうまくいった。アメリカと日本は「言語、習慣、制度」が大きく異なる。この事実を我々はどう理解すればいいか。実際、今回のイラク統治にかかるアメリカ司令部のビジョンには、日本統治の成功例に基づく楽観論があったという。
 それはマキャベリの言葉を借りれば、「非常な幸運と努力」があったからかもしれない。具体的に見れば、日本国民が戦争疲れをしており内乱を起こす余力もなかったこと、征服者で絶大な権限をもっていたマッカーサー元帥が日本に居を構えたことなどが挙げられるだろう。マキャベリが述べているように、リーダーが征服地にいれば、占領地の不穏な動きにもただちに対処することができるし、部下、または占領地の国民の信頼も高まってくる。アメリカのイラク統治の際も、ブルーマーという大使がイラクに赴任はしていたが、彼はマッカーサーと比べて権限があまりに少な過ぎた。
 また日本統治がうまくいったもう一つの大きな要因は、天皇天皇制という日本の国家統合のシンボルを壊さなかったことも大きい。戦後の占領統治で天皇天皇制が存続したからこそ、日本の歴史の連続性が担保され(想像上であれ)、日本国民の不安も低減され比較的安心して暮らすことができた。シンボルが存続することで、国家に対する軽視の感情、破壊衝動も起きにくかった。

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