田中森一「反転―闇社会の守護神と呼ばれて」

反転―闇社会の守護神と呼ばれて
反転―闇社会の守護神と呼ばれて田中 森一

おすすめ平均
stars「検察」の驚愕の事実
stars特捜が断片情報から本丸攻略までのからくりを生々しく描写
stars犯罪なんて便宜的な枠組みでしかない
starsバブルに踊らされた団塊世代の独白
stars迫力はある。でも、、、

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 特捜部の取調べの現場、弁護士とヤクザとの付き合いなど、日本の裏社会の一端を覗くことのできる好著である。バブル成金たちのド派手な生活、生々しい会話、スリリングな付き合いありで、現場の第一線でバリバリやっていた人しか書けない内容だ。文章に勢いがある。
 敢えて難点を挙げれば、個々のエピソードは非常に面白いものの、それを踏まえての洞察や学問的位置づけ、全体をつなぐ著者の倫理観が見えにくいところか。それが気鋭の作家・佐藤優の「国家の罠」「自壊する帝国」などの著書と比べると、物足りない部分だ。しかし佐藤優と比較するのは気の毒だが。

もっぱら特捜部が扱う経済犯罪において、その最大の証拠となるのが、犯人や関係者の調書である。が、そこには関係者の主観という要素が欠かせない。…いわば心の問題であり、検事はそれを上手に引き出して調書をとらなければならないのである。その調書にサインさせるのが、また骨であり、逆にそれさえできれば、事件はほぼできあがる。…被疑者にとっては、供述調書をとられたらアウトだと考えたらいい。調書が命取りになる。(147p)

 これが現実なら、なぜ裁判制度があるのか。裁判なんてただの建前、儀式ではないか。こんな裁判所だったら、裁判員制度で指名された国民は可愛そうだ。わたしだってこんな儀式につき合わされるのイヤだ。
 このあたり、裁判官ってどう危機感をもっているのだろう。

…調書には、具体的で細かい供述証言が欠かせない。それが調書作りのテクニックである。
たとえば、調書のなかにいくつか訂正したあとを意図的につくっておく。できれば、訂正箇所は、とるに足らない事柄だと余計に都合がいい。…裁判官がこれを読んだとき、どうなるか。
「…そこまでチェックさせたのか」
…調書の中では、図面もよく使う。…当然、正確な図ができあがる。が、あまりにも正確すぎるとおかしいので、ここでも少しだけ間違わせる。たとえば花瓶の位置とか、花の種類とか。(148-149p)

人間の記憶は曖昧なものである。だから、取り調べを受けているうちに、本当に自分がそう考えていたように思い込むケースも少なくない。それを利用することも多い。…毎日、毎日、繰り返しそう検事から頭のなかに刷り込まれる。すると、本当に自分自身に犯意があったかのように錯覚する。…いざ裁判になって…(本当は違いますと言っても)それではあとの祭りである。調書は完璧に作成されているので、裁判官は検事の言い分を信用し、いくら被疑者が本心を訴えても通用しない。(150-151p)

 いよいよ絶望的。捕まったら、どんなに個人として抵抗してももうだめだということ。さっさと諦めて検事と手を打つのが合理的な行動になってしまう。倫理や道徳っていったいどうなってしまうんだろう?

特捜部では、まず捜査に着手する前に、主要な被疑者や関係者を任意で何回か調べ、部長、副部長、主任が事件の筋書きをつくる。そして、その筋書きを本省である法務省に送る。…実際に捜査をはじめてみると、思いもしない事実が出てくるものだ。だが、特捜部では、それを許さない。筋書きと実際の捜査の結果が違ってくると、部長、副部長、主任の評価が地に堕ちるからだ。だから、筋書きどおりの捜査をやって事件を組み立てていくのである。(178-179p)

 学問の手法に演繹法帰納法があるが、特捜部の手法は完全に演繹法だ。演繹法は理論に縛られすぎて現実を見失ってしまうこともある。手法としては、わたしは帰納法が好きだ。特捜部では働けないな。


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