小泉首相の靖国神社参拝報道に思うこと

 先月の話だが、小泉首相靖国神社参拝の是非が話題になった。中国、韓国はすぐに反応し、不快感をあらわにした。日本国内といえば、かつての左右対立そのままに「戦没者の慰霊という日本人の心の問題は他国にとやかく言われる問題ではない」という参拝賛成派と、「先の大戦で多大な中国等には多大な迷惑をかけているのだがら配慮すべきだ」という参拝反対派に分かれて、百年一日のごとく、まじわることのない議論を繰り返している。
 報道を聞いたり記事を読んだりしてわたしが思うことは、この問題はそんなに単純に意見が言えるようなたぐいの問題ではないということ。そもそも、それぞれの陣営の立場が出発点から違うのだから、これは論理的に片付けられる問題ではないだろう。
1 首相の靖国神社参拝の賛否の論理
 参拝賛成派の意見を読んでいると、この陣営は日本の戦没者の立場に立っていると言えよう。この立場に立てば、当時の時代状況のなかで国のために命を捧げた戦没者のために、国家のトップの総理大臣が慰霊のために靖国神社に参拝することは当然と見えるだろう。特に戦没者の家族の方々にとっては、自分たちの大事な家族が国家のために亡くなったわけだから、先の大戦の評価に関係なく、国家として戦没者を尊重し、敬ってもらいたいと感じることは当然のことと思われる*1
 一方、参拝反対派は、中国、韓国などの戦争被害者の立場に立っている先の大戦では中国、韓国の国土が舞台のひとつになり現地で大きな被害を与えた。ある見方からすれば日本は加害者側であり、中国や韓国は被害者であるという側面も持っている。靖国神社は当時の日本の軍国主義と結びついていた施設であり、また1978年には極東軍事裁判でのいわゆるA級戦犯が合祀されたので、そのような神社に今の日本の総理が参拝すること自体が、中国や韓国の被害者の方々の気持ちを逆なでする。特にA級戦犯合祀の問題は、かつて中国政府は「日本国民全体が悪いのではなく、日本の戦争責任者(=A級戦犯)が悪いのだ」ということで自国民を説得してきた経緯もあるので、今でも大きな問題として扱う。中国、韓国などの戦争被害者の立場にたてば、首相の靖国参拝を非難したくなるのも分かる気がする。
2 神々の争いと靖国議論の複雑化
 参拝賛成派=日本の戦没者の立場、参拝反対派=中国、韓国などの戦争被害者の立場と、それぞれの立場が最初から違う議論は、永遠にまじわることのない議論のように思われる。社会学マックス・ウェーバーの「神々の争い」議論を持ち出すまでもなく、意見というのは特定の価値観からの論理構築物に過ぎず、そのベースとなるそれぞれの価値観は互いに解きがたい争いの中にあり、議論で解決できるものではないからだ。
 加えて言うならば、この議論をさらに難しくしているのは、今の日本が抱えている2つの問題にそれぞれの立場が直結していることが挙げられよう。第一は、日本人の倫理観やアイデンティティの欠如の問題。今の日本は「何でもあり」の雰囲気の中、さまざまな犯罪が起こりモラルが消失している。靖国参拝賛成派の一部は、いまの日本人のアイデンティティの現状を深刻に思い、その解決策として国家の伝統や歴史に頼ろうとする。その国家重視のまなざしが内向きの発想を増幅させ、靖国参拝の議論でも賛成論を先鋭化させている。
 第二には、今後の日本のアジアとの関係。中国は日本の貿易の最大の相手国になり、日本とアジアの関係は今後、ますます大切になる。前外務審議官田中均氏が言うように、日本の国益のためにも東アジア共同体構想などこれらのアジアの国々との関係を良くしていかねばならない。ここから中国や韓国が嫌がる靖国参拝はやめた方が良い、と参拝反対の主張に結びつく。
3 中国・韓国の主張の背景を考える
 最後に、靖国参拝の是非を考える上で重要な論点をもう一つ挙げよう。それは、今の中国・韓国の体制の問題である。「社会主義」などという看板は今やもう何の意味もなさないのに一党独裁を続けている中国は、政治の不自由、貧富の差など深刻な国内問題を抱えている。共産党独裁を維持するための政治手法として、靖国問題を声高に叫び、国民の不満を外部に逸らせているという側面は否定できない。
 また韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領も、そもそも政権基盤が貧弱で都市浮動票に大きく依存しているため、大衆迎合政治(ポピュリズム)にならざるを得ない。戦後の反日教育の成果で靖国などの問題は支持を集めやすいため、大統領は自分の政権維持のため、この問題に安易に乗っているという側面もあるのではなかろうか。
補遺
 先日、雑誌を見ていて、この問題についてわたしが書き漏らした重要な論点があることが分かったので、ここに紹介したい。それは、政教分離の問題である。憲法20条第3項には「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」とある。この条文に照らして、「首相の公式靖国参拝憲法違反にあたる」という指摘があり、司法判決の一部もそのような判例があるという。小泉首相靖国参拝が本当に違憲なのかどうか厳密にはわたしは判断できないが、法学的視点からそれが是であれば、これは参拝反対派には最強のロジックとなリ得る(2005.12.5)。
参考文献 高橋哲哉,2005,「靖国参拝合憲化が進む危険性」,論座2005年10月:50-51p
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*1:もちろんすべての遺族が首相の参拝を望んでいると言いたいわけではない。