宮台真司「終わりなき日常を生きろ」

終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル
宮台 真司

おすすめ平均
生きろと言われてもなあ‥
90年代を代表する評論
宮台教・・・?
平坦な戦場としての日常

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1.作品概要(「BOOK」データベース)

 「さまよえる良心」と「終わりなき日常」をキーワードに、今最も活発な発言を続ける著者が、オウムと現代社会を分析する。社会が成熟し、幻想が共有されなくなった時代、人はそれぞれの物語を生きるようになっている。

2.作品評

 東京都立大学宮台真司は、いま私が最もウォッチしている社会学者の一人だ。彼の発言が聞きたくて、彼の出演するインターネット番組「マル激トーク・オン・ディマンド」は昔からの熱心な視聴者である。

 本書「終わりなき日常を生きろ」は、今メディアで大活躍する宮台の出世作であり、代表作のひとつでもある。私の宮台体験の最初は、「これが答えだ!―新世紀を生きるための108問108答」読んだことだった。「広範囲な分野に対して、こんなに冷静で鋭い指摘ができる学者がいるのか!」と驚嘆させられたが、次に読んだこの本で決定的に宮台にはまってしまった。

4022613777これが答えだ!―新世紀を生きるための108問108答
宮台 真司

朝日新聞社 2002-05
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a.サリン事件を題材に成熟社会の問題点を突く
 この本は、オウム真理教サリン事件と一連の教団幹部逮捕劇を受けて取材に入った著者の、オウム真理教分析とその克服法が書かれた本だ。要約すれば、倫理*1なき社会で道徳*2が消えた時、国民の良心はさまよってしまい、「これが善だ」とはっきり言う麻原みたいな男に吸引されていく。宮台風に言えば、「神なき社会で共同体が失われたときに生まれる『さまよえる良心』の空白を、『偽物の父親』が唱える『善悪図式』が埋め合わせる」(ちくま文庫、113p) 「『終わらない日常』に耐えかねて『輝かしきハルマゲドン』を夢想し、キツさに耐えかねて『夢想を現実化』しようとする」(ちくま文庫、114p) これがオウム事件の核心の問題であり、この解決のためには終わりなき日常を戯れて生きる知恵を身につけねばならない、と締めくくる。
b.解決策を具体的に提示する
 私がまず第一に感銘を受けたのは、これまでこの手の社会問題が語られるとき、多くの言説は「行政の責任だ」とか「親がしっかりしろ!」みたいなステレオタイプの悪者探ししかしていなかったことに対し、宮台は「日常を戯れて生きる知恵を身につけねばならない」と具体的に処方箋を提示している点である。それはコミュニケーション・スキルの習得であったり、輝かしいものを追い求めずにまったり生きることであったりする。曖昧でトートロジー*3的な提言をするのではなく、現実的な手立てを考えるという宮台の姿勢は、私にはとても新鮮に感じられたし、スッと腑に落ちた。これぞ、言論人の本来あるべき姿だと思った。加えて宮台の議論の組み立て方がとても正確で、冷たいほど論理的な文章なのにも感心させれらた。目から鱗の体験だった。
c.冴えわたる社会学的分析
 第二に私が驚いたのは、その方法論だ。これまで私は現代社会を把握する方法は、現場を取材しデータを集めて事実を並べるルポ的手法がメインだろうと思っていた。私自身、学生時代に北海道帯広市でフィールドワークを行ってきたし、本多勝一辺見庸などのルポ作品の熱心な愛読者でもあった。だから宮台の学問的手法には驚いた。宮台の手法とは、つまり現場を取材しそれを整理するのみならず、社会学の概念を当てはめたり、他者の言説を批判的に扱ったりして問題構造を多角的に分析し、問題の本質をどんどん浮き彫りにしていくものだ。さらに、それら問題構造を、一言の分かりやすいキーワードで括ってしまい、読者に明確に提示する。本書におけるキーワードとは、「さまよえる良心」であり「終わりなき日常」であり、「まったり生きる」である。難しくなりがちなこの手の手法を見事に使い切り、読者に分かりやすく提示したことは、私にとって衝撃的なことだった。
d.他者の言説を一刀両断する痛快さ
 第三にわたしが興味を持ったのは、これまでの他者の言説を取り上げ、容赦なく一刀両断していくところである。神なき社会で共同体が崩壊した社会においては、日本の歴史を再認識して、日本国家のリアリティを回復し日本国民の自尊心を回復しよう説(江藤淳)、母なる自然を回復しよう説(加藤典洋)という処方箋は、所詮、論者の世代的記憶でしかない、というくだりは、論客・宮台の真骨頂である。
e.その他感銘を受けた箇所
 その他、彼の社会システム論的な視点の鋭さを感じた部分は随所にあった。たとえば、「世の中に特殊なエゴや動機を抱えた人間がひとりふたり出現するのは『偶然の問題』、すなわちいつでも起こりうることだ。しかし、そのような彼が大規模な組織を作れるかどうかは、その社会が備えている『偶然ではない条件』に依存する」(ちくま文庫、26-27p) と大きな問題に対して焦点を絞り込んでいく部分。「私たちにとって必要となるのは、戦争についても、売春についても、宗教についても、徹底した『条件分析』であり『文脈分析』である」「そのような『分析コスト』と『評価の相対性』に耐えることなくしては、社会システムであれ、人格システムであれ、複雑な環境を生きのびることはできない」(ちくま文庫、189p)この冷静な分析枠組みには、うーんと唸るしかない。
終わりなき日常を生きろ―オウム完全克服マニュアル(私の本書の評価★★★★★)

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*1:倫理:他人に糾弾されようが「我、これを信ず」と言い続けられるような内的確かさ(本書65p)。

*2:道徳:自分の属する共同体のメンバーにとって良きことこそが良きことであると感じるような外的確かさ(本書65p)。

*3:特に繰り返したからといって何の意味も明瞭さも付け加えないような同じ言葉の繰り返し。同語反復