地球温暖化問題と林業経営について(林業経営は地球温暖化を防ぐのか?)

haruo72005-07-28

1. 環境問題議論の安直さ
 最近、環境問題についての議論の安直さが気になっている。
 環境問題はもちろん大切な問題なのだが、「大切なことだから」「良い事だから」ということで乱暴な論調が多いように思う。たとえば、今さかんに報道されている地球温暖化問題。この問題について、地球温暖化防止のために森林整備を進めるべきだという人は多いが、わたしの専門の森林科学の視点から見ると、これは必ずしも正解ではない。実際の物質循環の流れを知る人ならば、安易にそんなことは言えないはずだ。一部には林野庁のように、自分たちの業界の利益確保のために確信的に、誇張して情報を垂れ流している例すらある。
2. 地球温暖化対策と林野庁の悲願
 たとえば林野庁のHPには次のような文章がある。
「…森林はその成長のなかで、大気中の二酸化炭素を吸収し、幹や枝等に長期間にわたって蓄積するなど二酸化炭素の吸収、貯蔵庫として重要な役割を果たしています。ですから、温暖化対策では今ある森林の中にできるだけたくさんの炭素を貯蔵できるよう森林を育てていくこと、つまり『森林経営』が重要です。」(林野庁HP)
 ここでの「森林経営」という言葉の定義がよく分からないところもあるが、「森林管理」ではなく「経営」という文字をわざわざ使っているところを見ると、造林→保育→伐採→販売という一連の林業経営を指していると思われる。
 だとすれば、この文章の狙いは明白である。国有林問題で大赤字を作ってしまった林野庁は、温暖化問題を起死回生のチャンスとばかりに利用し、「温暖化対策」→「林業経営」というロジックで補助金を確保しようとしているのだ。この動きには当然、林業補助金に浸りきっている森林組合など林業団体の強力な後押しがあると思われる*1
 しかし林野庁の悲願は悲願だが、実際の物質循環の流れを冷静に見ると、林野庁の主張は必ずしも正解ではない。結論を先取りすれば、林野庁の言うような林業経営は、地球温暖化防止に大きな役割を果たさない。つまりは、「今ある森林の中」で林業経営をしても、二酸化炭素(CO2)吸収や抑制の面ではそれほど大きな役割を果たさないのである。もう少し詳しく説明しよう。
3. 二酸化炭素をめぐる樹木の生理学
 樹木の二酸化炭素吸収でまず真っ先に言及されるのは、樹木の光合成活動である。光合成とは、樹木が太陽の光を使い、大気中の二酸化炭素と土壌から吸い上げた水から炭水化物を作り出す活動のことである。この過程で、樹木は確かに二酸化炭素を吸収する。しかしここで重要なことは、樹木はこれと同時に呼吸活動もしていることだ。樹木は、炭水化物を酸素で燃やしてエネルギーを得て生命を維持する。この過程で樹木は、二酸化炭素を放出している。森林のCO2吸収の議論では、この樹木の呼吸活動を忘れてしまった議論も見受けれられる。
 若い樹木は、光合成産物を幹、枝、根にどんどん蓄積して生長するため、固定する炭素の量が呼吸などで放出する炭素の量に勝っている。つまり若い樹木は、確かに二酸化炭素を吸収している。若い樹木のこの炭素固定機能は、温暖化対策として正当に評価されてしかるべきだ。しかし樹木の生長には限界があり、やがては樹木の炭素固定量は打ち止めとなる。表示した図を見てほしい。横軸が時間軸で縦軸は炭素収支である。この表を見ると、若い時期は期間蓄積量として炭素はプラスとなっているが、その後は釣り合っている。つまり光合成と呼吸が釣り合い、炭素の収支を見る限りでは、ほぼプラス・マイナスゼロになるのである*2。樹木は、若い時期に幹、枝、根に炭素を蓄え固定するが、壮年から老年にかけて新たに炭素を固定することはほとんどなくなるのだ。
 二酸化炭素をめぐる樹木の生理学についてまとめると、①若い樹木にはCO2吸収機能がある、②老齢木はCO2吸収機能はないが、若い頃に吸収したCO2(正確には炭素)の固定機能がある、の2点が指摘できる。

4893638858北海道 森を知る
森林総合研究所北海道支所

北海道新聞社 1998-04
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4.林業経営は地球温暖化を防ぐのか?
 さてここで地球温暖化対策と林野庁の悲願の話に戻ろう。改めて確認するが、温暖化問題とは、人間の産業活動によって大気中にCO2等が放出され増加し、それが原因で地球温暖化がすすんだと見なす立場のことである。そして今後、世界レベルで大気中の二酸化炭素(CO2)等を減らす取り組みをしなければいけないという議論である。大気中のCO2濃度を減らすには、①大気中のCO2を吸収すること、②CO2放出を抑えること、の2点の取り組みが必要になる。この切り口から、森の果たす役割を検討してみよう。
①大気中のCO2を吸収する
 前章で整理したように、若い樹木にはCO2吸収機能があるため、新規の森林造成は大気中のCO2を吸収し、地球温暖化防止に貢献することができる。具体的には、いま森林ではない場所(農地や工業用地など)に、植林し、林地化することは地球温暖化防止に貢献する。新しく造成される森林には、CO2吸収機能があるからである。
 しかし一方林野庁が言うように、「今ある森林の中」で林業経営することが地球温暖化防止に貢献するかどうか、は怪しい部分もある。林業経営とは伐採→造林→保育→伐採→販売→造林という一連のサイクルのことだが、ここで問題なのは、造林すれば植えた樹木はCO2を吸収するが、その前段階の伐採でCO2を放出してしまっているということだ。②でも触れるが、いくら吸収すると言っても放出を前提としているものならば、長いサイクルで見ればCO2吸収はプラス・マイナスゼロとなる。長期的に見れば、林業経営は地球温暖化防止には大きな意味をなさないのである*3
 確かに、伐採後の材利用のあり方によって、CO2放出が先延ばしされることもある*4。たとえば伐採された木材が、建材など建築物に長期にわたって利用されるのであれば、その分だけ大気中へのCO2放出が先延ばしされる。しかし現在日本の木材利用は、比較的利用サイクルの短い紙や梱包材利用も大きな比重を占めているため、木材利用によるCO2放出先延ばし機能も限定的にならざるを得ない。またこの話もしょせんは「先延ばし」に過ぎない議論であって、長期スパンで見れば、CO2吸収はプラス・マイナスゼロということには変わりはない。
結論:新規の森林造成は大気中のCO2を吸収するが、長期的に見て林野庁のいう林業経営は大気中のCO2をほとんど吸収しない。
②大気へのCO2放出を抑える
 前章で整理したように、森林(特に老木)には若い頃に吸収したCO2(正確には炭素)の固定機能があるため、転用を目的とした森林開発はCO2放出につながってしまう。たとえばブラジルなどアマゾンの熱帯雨林開発で問題になっているように、焼畑などの手法によって森林が広範囲に焼失し農地化されると、これまで樹木に固定されていたCO2(正確には「炭素」)は、一気に、大量に大気中に放出されてしまう。しかも農地となってしまうと、CO2は大気中に彷徨いつづけ、樹木の炭素固定機能などのように、再度地上部に固定されることもない。転用を目的とした森林開発はCO2濃度の上昇を招く。
 また①でも述べたが、林業経営的な伐採(再造林を前提とした伐採)においても、立木歩留りの問題や、その後の木材利用のあり方によって、短期的にはCO2放出につながり、CO2濃度の上昇を招く。長期的に見ても林野庁のいう林業経営は、CO2収支がプラス・マイナスゼロとなるため、CO2放出を抑える機能はない。
結論:転用を目的とした森林開発は大気へのCO2放出につながる。また林業経営の伐採は長期的にはCO2収支がプラス・マイナスゼロのため、CO2放出を抑える機能はほとんどない。
終結
 林野庁地球温暖化対策のために、今ある森林の中での林業経営が重要だというが、長期的に見てこの林業経営は、大気中のCO2吸収はほとんどできないし、CO2放出を抑える機能もほとんどない。したがって、このような林業経営は地球温暖化防止に大きな役割を果たさない。
5. 海洋保全の大切さ
 上記までの考察を別の言葉で言い換えると、地球温暖化対策に森林サイドが果たせることは、今ある森林を守ること、新規の森を増やすことの2点である。しかしこの事実は、林野庁は認めたくないであろう。前者の政策をすすめても、今の日本の林業団体を食べさせるタネにはほとんどならないから。後者の政策をすすめることは、縦割り行政に生きる林野庁にとってご法度なことだから。特に、省庁の力関係上、農地、河川敷地への介入は難しい。したがって林野庁は今後も、百年一日のごとく、現況森林の中での林業経営のみを目指すであろう。林業経営は地球温暖化を防ぐ、という怪しげな情報を確信的に流しつづけ、そして悲願の環境税、温暖化税の導入にむけて驀進するだろう。
 一方で、地球温暖化対策で、海洋保全の議論は欠かせない。むしろ重点的に議論されるべきは、森林よりも海洋保全の議論かもしれない。地球の表面積のほぼ4分の3を占める海は、人間活動によって大気中に放出された二酸化炭素の約30パーセントを吸収していると推定され、二酸化炭素吸収に大きな役割を果たしている。これらの中でも炭酸カルシウムの骨格をつくって成長するサンゴの二酸化炭素吸収力は高く、世界のサンゴ礁が固定している二酸化炭素の量は、大気中の量の2倍と言われている。また海中の植物性プランクトンも、二酸化炭素の吸収という点では大きな役割を果たしている(二酸化炭素を吸収し地球温暖化を防ぐ海の大切な役割)。
 地球温暖化の議論も、業界益や省益などによってバイアスのかかった情報を鵜呑みにするのではなく、自らの情報収集力・論理力を武器に、バランスの取れた認識を持ちたいものである。

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*1:蛇足だが、林野庁HPの本文中で、森林経営について「今ある森林の中(で森林経営する)」とわざわざ断っているのは、林野庁らしい言葉の使い方である。つまりこの言葉の背後にある思惑は、「森林経営は決して農地や河川や宅地などに及びませんよ。だから農業サイド、河川サイドなどは怒らないでください」のような縦割り型発想と思われる。

*2:森林総合研究所北海道支所編,1998年:140p,北海道 森を知る,北海道新聞

*3:林業経営の中でも未立木地造林は、いま森のないところに木を植えるのだから新規の森林造成と同義であり、CO2を吸収し、地球温暖化防止に貢献する。また現在、間伐を必要としている造林地において、肥大生長を目的に間伐をすることは、CO2吸収を促進する意味において地球温暖化防止に貢献する。しかしながら民有林おいて、たとえ高率な補助金があったとしても今の材価の状況では、未立木地造林や緊急間伐はあまり進まないと思われる。

*4:ただし立木の歩留りは通常60%以下であるので、たとえ木材利用が進んだとしても、伐採によって立木の40%以上分のCO2は短期間のうちに放出されることになる。