山崎豊子「沈まぬ太陽 アフリカ篇(上・下)」

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)
沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)山崎 豊子

新潮社 2001-11
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おすすめ平均 star
star純真な生き方に、熱く感動しました。
starこの取材はすごい!
star一人でも多くの人が読むべきです

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沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下)沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下)
山崎 豊子

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 日本航空JAL)が荒れている。年初めから3月にかけて、社長辞任をめぐるドタバタ劇がメディア上に盛んに登場し、アラレもない内部の主導権争いが表面化した。子供のケンカじゃあるまいし、みっともない、の一言だ。結局、「社長辞任」という形で決着をみたが、日本航空JAL)という航空会社への信頼がまたさらに低下したのは言うまでもない。そんなお家騒動をニュースを見ているときに紹介され興味をもった本が、山崎豊子作「沈まぬ太陽」だ。とても面白く、一気に読んでしまった。
 今回のアフリカ編は、国民航空社員(モデルは日本航空)で同社の労働組合委員長を務めた主人公・恩地元(実在の日本航空元社員・小倉寛太郎氏がモデル)が、委員長時代に経営陣と厳しく対立したことが原因で左遷人事で海外をたらいまわしにされ、そんな不遇のなかでも会社と闘い続ける内容である。日本航空の歴史についてわたしはほとんど知識がなかったが、かつてこの会社が特殊法人だったことや、労働組合闘争が激しかったことなど本書により興味深く知ることができた。私事だが、以前ケニアのナイロビ周辺で2ヶ月ほどぶらぶらしていたことがあるので、本書で描かれている恩地のナイロビ生活の様子はリアリティをもってイメージすることができた(もちろん私が滞在していた時期とは時代が違うが)。いくつか思ったことを整理していきたい。
1 恩地元の生き方について
 著者の山崎豊子氏の取材力はすさまじいもので、小説として良くできている作品だが、主人公の恩地元氏(正確には小倉寛太郎氏か)の生き方に疑問を抱いた。ずばり言って、どうして会社を辞めないんだろう? ということだ。
 組合運動を熱心にすすめたことが理由で左遷人事がつづき、社内規定を大幅に越える約10年間の海外僻地(カラチ、テヘラン、ナイロビ)勤務を強いられ、母親の死に目にも間に合わず、夫の単身赴任が続き子供たちとの関係も一時悪化してしまい、そして恩地自身も孤独のなかで発狂寸前までいってしまう。しかしそんな状況のなかでも彼はこの会社を辞めない。
「・・・しかし、私を信じて耐え、待ってくれている組合員のことを考えると、・・・」(下巻134p)
「子供たちに縋られ、恩地は心が乱れそうになったが、日本で孤立している組合員のことを思えば、親子の情に流されることなど、許されなかった」(下巻186p)
 組合精神、労働者連帯もけっこうだが、はっきり言って恩地氏は生き方を完全に間違えている、と読みながら何度も思った。わたしも親であるが、子をもつ親ならまず何よりも家族のことを第一に考えるのが筋というものではないか。それを「JAL労働組合員のため」という理由で、自分を家族を犠牲にし続ける恩地氏の姿には、怒りすら覚えた。むかし共産主義運動などを調べていていつも思っていたことだが、自分の足元(自分自身、自分の家族ら)を大事にしないで、組合や会社や天下国家や社会ばかり重視するスタンスはわたしは間違っていると思う。自分や身近な人を幸せにできないで、なぜ会社や国家の民を幸せにできるのだろうか? そんな運動は長続きしないし、本物ではない。
 また労働運動に打ち込んでいる人に対してしばし思うことは、それほど会社の労働環境が劣悪でひどいなら、そんな会社やめてしまってもっと良い会社に転職するか、または自分で会社を作って、労働環境の良い自分たちの理想とする会社を作った方がほっぽど生産的ではないかと思う。そういうベクトルにエネルギーを割かずに、いじめに合いながらその会社に残り続けるなんて精神がマゾなんじゃないかとすら思ってしまう。本書の舞台である日本航空だって、幹部は年配で、また天下り役員もいるのだから保守的な運営になることは子供でも分かることだ。そんなところで真面目に労働運動やっても報われるわけないじゃん、と判断できないのだろうか? わたしに言わせれば、恩地氏のスタンスを許している妻も甘い。
2 印象に残ったシーンなど
 本書では、日本航空当局者による労働組合分裂工作が描かれているが、この描写を読みながら、友情というのは、案外簡単に崩れてしまうのだな、と思った。それはこの本が単純に描きすぎているということではなく、たぶん現実社会でも友情は簡単に崩れてしまうのだろう。そこに出世や名誉欲などがからめば、余計に、友情などもろいものかもしれない。本書では労働組合の委員長だった恩地氏と副委員長の行天氏の分裂工作が描かれる。組合の敵対関係にあった労務担当の堂本常務は、行天氏を自宅に呼び、こう告げる。
「二期、恩地委員長、行天副委員長でやって来て、恩地は英雄のようにもてはやされているのに、君は哀れなほど、人望がないな・・・恩地は、自分と同等の能力を持つ者に対して、牽制する術をよく心得ている、君に関しては、目端は利くが、全幅の信頼がおけないという情報を、巧妙に流している、共産党のセオリー通りのやり方だ」(上巻253-254p)
 こんな簡単な仕掛けでも、本人(行天氏)は簡単に引っかかってしまう。それ以降、行天氏は組合運動に関わらなくなり、そして出世していく。
 あと思ったことは、著者の言葉づかいの豊かさだ。「不気味な鵺のような堂本労務担当」(上巻183p)「垂涎の的」(上巻251p)「死屍累々」(上巻255p)「溜飲を下げた」(下巻79p)など、うまい表現が散見され、山崎豊子の表現力を知った。

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(私の本書の評価★★★★☆)
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