司馬遼太郎「功名が辻」

功名が辻〈1〉
4167663155司馬 遼太郎

文藝春秋 2005-02
売り上げランキング : 1,610

おすすめ平均 star
starビジネスを戦国時代に学ぶ
star山内一豊とその奥方千代
star戦国時代、一途な一豊と主人を蔭で支える妻の生き様が面白い。

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 織田信長豊臣秀吉徳川家康と激しく政権交代する戦国時代に、絶妙のポジショニングによって3氏のあいだを渡り歩き、最後には、大国土佐の国守にのし上った山内一豊夫婦の物語。才能に特に恵まれている訳ではないが,律儀一徹の夫・一豊。聡明で智恵があり、夫を盛り立てていくことが上手い妻・千代。最下級の侍だった一豊が、夫婦二人三脚で出世していく過程が見どころ。
 読みながら、「功名が辻」の「辻」ってどういう意味なのだろうと思っていたが、多分、中国地方から大分・熊本・宮崎の方言で、頂上や山頂を意味している言葉と思われる。このタイトルを今風に噛み砕けば、手柄を立てることが人生の目標、といったところか。
1 織田信長豊臣秀吉徳川家康の性格の違い
 主人公山内一豊は、織田信長豊臣秀吉徳川家康に順番に仕えていくのだが、この3氏の性格の違いが面白い。有名な俳句がある。
「泣かぬなら殺してしまおうホトトギス」(織田信長
「泣かぬなら泣かせてみせようホトトギス」(豊臣秀吉
「泣かぬなら泣くまで待とうホトトギス」(徳川家康
 この句と人物像を重ねるなら、強権的で強引な織田信長、政治上手の豊臣秀吉、忍耐の徳川家康ということになろう。本書で司馬は、基本的にこの人物像を踏襲している。特に豊臣秀吉の政治上手の記述は目をみはる。
 天下統一直前に、秀吉は家康と武力衝突した。家康は、当時の秀吉の最大の政敵である。そんな状況のなか、秀吉は単身、家康を訪ねて、酒を飲もうと誘った。家康が殺そうと思えば簡単に殺せる、そんな危険な場所へ秀吉はのこのこやって来るのである。そして家康を懐柔する。織田信長の遺児の、信雄を懐柔したときも、秀吉は侍を連れずに、信雄の陣地を訊ねて、酒池肉林の宴をひらいた。行動が大胆で、政治上手な秀吉である。
2 司馬独特の表現
 司馬遼太郎は、物語に登場する多くの人を英雄にしたがる。たとえば今回、秀吉に対して下記のように賛辞を送る。
「藤吉郎(秀吉のこと)は、人間というものを知りぬいた男だ。陣中の気分を察し、横山城のふもとの村はずれに、小さな歓楽地をつくり、遊女たちの小屋がけをゆるした」(1巻138p)
「むろん、うわさを消して人心を安定させるための秀吉の策略である。この点では、信雄も家康も、完全に秀吉の政治じょうずにやられている」(2巻217p)
 このように司馬は自分が持ち上げたい人物に対しては、徹底的に「ヨイショ」して記述する。彼の代表作「竜馬がゆく」で司馬が展開した、竜馬絶賛攻勢は、読んでいて、いささか引いてしまった。英雄はとことん英雄に仕立て上げ、悪者はとことん悪者に仕立て上げるのが司馬の表現の特徴である。善悪の構図を明確にして、分かりやすいストーリーをつむいでいくところが、司馬が国民的作家として人気を集めている理由であろう。
3 その他
 その他、本書で印象に残った部分を箇条書きにしてみる。
「わしは古くから戦場を往来してきた。経験ではひとに譲らぬつもりだが、経験から智恵が出てくるというものではないらしい。もともと智恵とは、うまれつきのようだな」(4巻27p)
「経験が多いということも、しょせんは否定的な意見を豊富にいえるというだけのことで、だからどうしようという案を思いつくに至らぬ。とすれば、未熟と五十歩百歩か」(4巻97p)
 これはわたしも同意する。経験があることが、必ずしも良い決定ができるわけではない、ということだ。そのように考えていくと、日本の企業社会の年功序列制度は再考が必要であろう。年齢を重ねれば、ポストも上がり、権限も増えるという年功序列システムの根本にある思想は、経験を積んだ者がより良い決定をできるというものだ。経験絶対主義と呼んでも良い。しかしここで山之内一豊が言うように、個々人の能力の差、経験を積めばネガティブになってしまうという点を考えると、年功序列システムはもう限界に来ているのではないか。

「千代は、そんなあらあらしいことをおおせられますな、と何度もいったが、伊右衛門にはじつは恐怖がある。恐怖がある以上、一領具足どもを政治で撫してゆくゆとりなどはなく、刃には刃を、というたけり立った心境になっていて、千代のいうことなど、「それはものの理想じゃ」といってきかない。「兵を動かす者は兵をもって鎮圧する。刃をあやつる者は刃をもって誅す。それ以外に武権を樹てる法がない」(4巻188p)
 先日の世論調査で、次の総理としては安倍晋三氏が高い人気を集めているらしい。安倍氏の毅然とした、歯に衣着せぬ物言いが国民に受けているのだろうか。しかし千代のいうように、刃には刃をという姿勢は、実は臆病者の裏返しではないかと思うときがある。本当に度胸がある人は、余裕をもって、政敵を、会話を軸とした政治で撫してゆくのであろう。そういえば昔、長野県知事田中康夫氏は、タカ派的発言を繰り返す東京都知事の石原新太郎氏を指して「カワード(臆病者)」と言っていたな。

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(私の本書の評価★★★☆☆)

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