読売新聞政治部「自民党を壊した男 小泉政権1500日の真実」

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読売新聞政治部

新潮社 2005-06-16
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 「『自民党をぶっ壊す』と言って総裁になった変人宰相は、本当に大鉈を振るっていた。角栄が築いた集票システムは崩壊寸前。・・・」
 こんな帯で宣伝される本書は、読売新聞政治部が総力を上げて小泉政権を取材し、権力の中枢の内実に迫ろうとした力作である。
 小泉政権をめぐるメディア報道は抵抗勢力との抗争など表面的なことばかりでうんざりさせられていたが、本書は、内実までしっかりと踏み込んで取材しているので満足できる内容だ。衆議院選挙が迫っている今日なので、小泉政権を評価し、われわれの投票行動を決定する際の参考資料としても一読を勧めたい。
 ここでは、小泉政権のこれまでの成果は何だったのか、本書の記述を頼りに整理したい。なお記述は、予算編成をめぐる改革に絞って論じることにする。
1.小泉内閣で評価できる改革は何か
 小泉改革の成果については、郵政改革法案のドタバタや選挙報道などで、しっかりと論じられることが少ない。あったとしても、「道路公団改革がいい例で、小泉内閣は中途半端な改革しかやっていない」という評価だ。しかし、一般的にはあまり知られていないが、国家予算編成をめぐる小泉内閣の改革は、後世に残るかもしれない、一大改革になる可能性を秘めている。この改革の中身をもっと国民は知るべきであろう。この改革の内容を一言でいえば、予算編成権を官僚主導から内閣主導へ変える改革である。
 これまでの省庁の予算編成は、いわゆる官僚主導で行われてきた。各省庁が自らの省益に基づいて予算案を作り、財務省は各省庁の要望を積み上げる形で全体予算をまとめてきた。もちろんこの過程で、自民党政調会長族議員が暗躍し、業界の要求をねじ込んだ。与党・自民党の側からすれば、業界の要求を実現し、その見返りとしての政治資金・選挙応援を調達することが政治活動そのものだった。この予算編成システムこそが自民党システムだったのである。
 このシステムをごっそり変えてしまおうと挑戦したのが、小泉首相だった。この点において、『自民党をぶっ壊す』の言葉どおり、小泉首相は、自民党システムそのものに挑戦状を叩きつけたのだ。改革実行の装置は、「経済財政諮問会議」である。
2.改革の司令塔「経済財政諮問会議
 経済財政諮問会議(以下「諮問会議」)は、森内閣時代の2001年1月、中央省庁再編に伴い設置された。メンバーは、議長の首相、経済関係閣僚、そして民間議員である。キーとなっているのは、下記の民間議員の4人だ。

牛尾治朗  ウシオ電機(株)代表取締役会長
奥田碩    トヨタ自動車(株)取締役会長
本間正明  大阪大学大学院経済学研究科教授
吉川洋    東京大学大学院経済学研究科教授

 この民間議員は、2001年からずっと固定されたままで、「四人会」とも呼ばれている。この4人と、もともと大学教授だった竹中平蔵経済財政相が諮問会議の駆動力と言われている。
 諮問会議は、発足当時は森首相(当時)が力を入れなかったため機能しなかったが、小泉首相に替わってから大きな存在感を示すようになった。小泉首相は初めて臨んだ諮問会議の席で、次のように述べた。
「諮問会議は、所信表明演説に盛り込んだ(構造改革の)大方針を肉付けするための、最も重要な会議といっても過言ではない」(172p)
 この首相の「諮問会議=最も重要な会議」発言は、諮問会議を「改革の司令塔」に位置づけると宣言したことに等しかった。小泉は、諮問会議を使って、予算編成権を官僚主導から内閣主導へ変えようとしたのである。
3.「予算の全体像」という内閣主導方式の導入
 予算編成権を官僚主導から内閣主導へ変えるとは具体的にはどういうことなのだろうか。やや細かくなるが順を追って説明しよう。
 これまで国家予算編成の作業は、7月下旬から8月上旬の期間に、財務省が次年度予算の骨格となる概算要求基準(シーリング)を発表し、これを元に各省庁は概算要求を作成し、財務省に提出するという手続きとなっていた。これまで財務省は、あるべき国の将来像を明確にイメージして予算設計をしたり、マクロ経済の動向を十分に加味して予算設計をしてきたわけではなかった。各省庁から上がってきた要求額を全体予算の中で調整し、自民党とすり合わせることを仕事としてきた。この実情を、省庁再編を決めた行政改革会議の最終報告書は、「価値選択のない理念なき配分」といって切り捨てた(172p)。
 小泉首相はこの構図を打破しようと挑戦した。具体的には、概算要求基準の前に、諮問会議で「予算の全体像」というペーパーを作成し、これを元に財務省に予算編成を命じたのである。諮問会議の「予算の全体像」を、予算編成の大方針と位置づけた。
 当然、大きな抵抗を受けた。当時の塩川財務大臣は、「ペーパーに書いてあることを今、出されると、私のところは非常にやりにくい。抽象的なものにしてもらわないと困る」と噛み付き、財務省の官僚は「これでは、とても(自民)党がもたない」と食い下がった。しかし小泉首相はこれらの反対を押し切り、「予算の全体像」構想を盛り込むことを決定した。このような強引な手法が、時に「小泉首相は独裁者」と批判されるが、既存の利権システムを壊す時はトップダウンで強行でやらなければ動かないこともあるのではないか。すべてにおいて小泉首相を擁護するつもりはないが、少なくともこの予算編成改革については、小泉首相の独裁者的振舞いがなければ成功しなかった改革であり、この点については小泉首相の功績と言えよう。
4.内閣主導方式は機能しているのか
 平成18年度予算の「予算の全体像」は先日策定されたが、これを読むと、確かに各省庁の突き上げにあってか、当初四人会がめざしていたような、数値目標や期限を明確に盛り込んだ内容にはほとんどなっていない。しかしそれでも「公共投資については、重点化・効率化を徹底し、公共投資関係費を全体として△3%以下に抑制する」という記述に見られるように、数値目標をねじ込むことに成功した部分もあり、内閣主導の、トップダウン方式の予算編成が徐々に進みつつあることは言える。竹中経済財政相の言葉を借りれば、「マクロ経済と財政の一体的な議論のスタイルが一応完成し」(178p)つつある。
 唯一心配な点は、そもそも諮問会議自体が小泉首相の強烈なリーダーシップによるものだったので、首相が変ったらどうなってしまうのかという点だ。前の森内閣時代に諮問会議がほとんど機能しなかったように、諮問会議は首相のリーダーシップに大きく依存している。諮問会議が継続して力を発揮し「予算の全体像」が定着しなければ、始まったばかりの内閣主導の予算編成方式も立ち消えになってしまう。われわれ国民は次の内閣の諮問会議の扱い方を注意して見る必要があるだろう。
5.予算編成改革の帰結(自民党基盤の瓦解)
 徐々に成果を出しつつある内閣主導の予算編成システムだが、一方この問題を政治問題として考えると、この新システムが今後定着していくことは、自民党システム瓦解につながることは既に述べたとおりである。従来の積み上げ型予算編成に寄生する形で政治をしていた自民党であるから、そのシステムが壊されることは自民党政治が壊さされることでもあるからだ。内閣主導のトップダウンで予算の骨子が決まるのであれば、自民党の政治家がやれることはほとんどなくなり、存在意義が消える。小泉首相の予算編成改革は、これまでの自民党政治を壊すこと、つまり「自民党をぶっ壊す」ことそのものなのだ。
 小泉首相をそこまで突き動かすものは何なのか。33年所属し、友人も多く、自分の人生とも重なる自民党という組織をそこまでつぶしにかかる小泉首相の衝動とは何なのか。
 かつて盟友の加藤紘一氏はインターネット番組で、それは角福戦争の怨念(ルサンチマン)だ、と言った。
 1972年、自民党の後継総裁を狙って田中角栄福田赳夫の2人が壮絶な死闘を繰り広げた。この総裁選は田中に軍配が上がるが、その後も田中と福田は争い続ける。闘いは田中の勝利が多かった。福田赳夫の書生だった小泉純一郎は、福田の傍でこの争いを見続け、怨念を蓄積していった。
 そしてついにチャンスが来た。2001年、3度目の挑戦にして自民党総裁になり、内閣総理大臣に就任したのである。小泉首相は権力を握った。そして今、小泉首相は、師匠・福田の宿敵だった田中角栄へ、角栄の体言する政治への逆襲をはじめた。それは予算編成改革であり、道路公団改革であり、そして郵政民営化法案である。それは積み上げ型予算編成に寄生し、道路利権にむらがり、そして郵政団体を選挙の大車輪とする角栄自民党政治への逆襲だったのである。これは紛れもなく、自民党内での権力闘争だ。

【目次】
第1章 自公融合/第2章 民主党/第3章 2004年参院選/第4章 新政策決定/第5章 50年目の自民党

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(私の本書の評価★★★★☆)

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