農家に学ぶ(家畜糞尿問題について)

 仕事で農家回りをしていて、酪農業の糞尿問題について、興味深い話を聞くことができた。この農家の方の名前をここで仮にAさんとしておこう。

1. 北海道の家畜糞尿問題の深刻さ

 北海道では道東や道北を中心に酪農業に携わる農家が多いが、近年、それらの地域では家畜糞尿の問題が取りざたされている。生産拡大を目指して、戦後の日本の酪農業は牛の飼育頭数を急激に増やしてきた。これにより、飼育牛から出される糞尿量が飛躍的に伸びたのである。糞尿の問題がクローズアップされている理由はこういうことである。
 問題の第一は、糞尿の河川流出による河川汚染だ。カヌーをやる人なら、北海道の河川の糞尿臭さを心底ご存知だろう。道東や道北の川に行くと、河川全体が糞尿臭いのだ。ひどい河川になると、まるで下水路を川下りしているような気分になる。いくら急流で楽しそうな川でも、「こんな川で沈したくないなぁ〜」と恐怖感ばかりが先立つ川下りになってしまう。こんな状況だから、河川や河口を漁場としている漁業関係者には深刻な問題だ。自分たちの生産資源(魚)の生息環境を、糞尿は脅かしているのである。漁協などが糞尿対策の徹底を農家に求めていることは当然の成り行きであろう。
 問題の第二は、糞尿の草地散布による空気汚染だ。一番草が始まる5月頃や二番草後の10月頃に、一度北海道にドライブに来て欲しい。「ああ、北海道って雄大な風景ね〜」なんて車のウィンドウをフル・オープンで走っていた車も、草地の横を通ったとたんに、あまりの臭さに顔をゆがめ、可及的速やかにウィンドウを閉める羽目になる。そしてアクセルを踏み込み、いち早くその場を立ち去るであろう。大げさな表現ではなく、それほど糞尿の悪臭は強烈なのだ。風の強い日なら、市街までその悪臭が届く。一種の公害ともいえるだろう。

2. 機能していない法律

 これら深刻化する糞尿問題を解決するため、「家畜排泄物管理適正化法」が平成11年11月1日に施行された。堆肥舎などの管理施設の整備については猶予期間がおかれ、平成16年11月1日からの施行となった。しかし施行から半年たった今でも、堆肥舎の整備率は100%には程遠い状況で未整備農家も多いし、整備した農家も飼育頭数の多さに糞尿が堆肥舎に収容しきれずに野積みになっているか、未発酵のまま草地に散布されている状況も多いと新聞に載っていた。糞尿問題が解決したとは言いがたい状況だ。産廃処理業者などは法律に違反して、逮捕され厳しい取調べを受けているという報道を時々見かける。しかし農家がこの法律に違反しているからといって逮捕されたという報道は聞いたことがない。この産業差別的な対応には、やはり政治的な圧力があるのだろうか。
 農家の対応は鈍い。「酪農家の苦労も分かる。・・・道や国が酪農家が納得するような代替案を提示すべきだ」朝日新聞、2005年5月5日)という、ある地域の農協組合長の発言にも見られるように、自分たちが主体的に問題を解決するのではなく、受動的に、あくまで行政依存だ。

3. 糞尿問題は酪農経営のサイクル全体で考えなければいけない

 今回、わたしが話を聞いた農家Aさんは、そんな農業関係者の現状に危機感を抱いている一人だ。そして、農家として、自ら、その解決に向け、行動を起こしている。ちなみに飼育している牛は、肉牛ではなく乳牛だ。
 Aさんの発想の面白いところで、まさにその通りの部分は、糞尿問題は、酪農経営のサイクル全体として見なければいけないというアプローチだ。山積みされた糞尿だけを見て、その処理法を議論しているだけではダメだという。山積みされた糞尿は自然発生的にそこにあるものではなく、農家が牛を増やし、草地から刈り取ってきた草をやることで生産されるものだ。そしてその糞尿は草地に撒かれる。したがって、この酪農経営の一連のサイクルの中で、各工程での取り組みを工夫し改善する中で、全体のサイクルを健全にする必要があるだ。各工程の改善案について具体的に話そう。

4. 飼育頭数を所有草地面積に適した頭数にすること

 まず第一のポイントは、飼育頭数を適正規模にすること。牛乳の生産量を増やすため、これまでのようにいたずらに飼育頭数を増やしていたら、膨大な量の糞尿を処理することはできない。所有する草地面積に適した頭数まで飼育頭数を抑える必要がある。出された糞尿は結局、肥料として草地に撒かれるのだから、過剰な頭数で過剰な糞尿になったら、糞尿を処理しきれない。処理できない分は野積みされるか、草地へ過剰散布され河川へ流出する。堆肥の窒素量で換算した試算によると、1頭当り0.7ha程度の草地を保有している必要があるという。つまり60haの草地を持っている農家なら、85頭以下が適正な飼育頭数だ。
 しかし農家は経営体だから、糞尿ばかりに気を遣って赤字を出したら終わりだ。そのため少ない頭数で牛乳の生産量を上げなければいけない。これを解決するため、Aさんは3回(/日)搾りにして、一頭あたりの牛乳生産量を増やしている。「一日3回も搾ったら、牛の調子がおかしくなりませんか?」と聞いたが、そんなことはないそうだ。逆に、乳房炎などの病気を考えると、以前の2回搾りの時と比べて牛の調子は良いみたいだ。

5. 糞尿の品質を上げるための工夫

 第二のポイントは、質の良い糞尿を作ることだ。Aさんは、牛に飲ませる水に活性誘導水を混ぜている。この誘導水は、糞の微生物の働きを活性化させる機能があるそうだ。この誘導水は5%の割合で水に混ぜて飲ませている。この誘導水を飲むようになってから、牛の体調が良くなり、糞尿独特の悪臭もかなりの程度、抑えられているという。また、糞や尿の質も変わり、これまでのようにねばりつく糞ではなく、水で流せばさっと流れていくような糞になったという。
 誘導水で微生物の働きが活性化された糞尿を堆肥舎に積むと、積んだ糞尿はすぐに熱を持ち、発酵が進んでいることが手に取るようにわかるようになった。この質の良い糞尿の管理に手間をかけることが第三のポイントだ。Aさんは定期的に切り返し作業をおこない、詰まれた糞尿をまんべんなく空気にさらすことで、糞尿の発酵を促進させている。この作業を面倒くさがってやらない農家は多い。
 しかしこのように手間をかけて作られた堆肥(糞尿)は、肥料としての品質が高い。Aさんは年二回、この堆肥を草地に撒いているが、このサイクルが機能し始めてから、草地の収量と品質が格段に上がったという。品質検査の結果でもそれが裏付けられ、Aさんは毎年のように、優良草生産者という形で関係団体に表彰されるにいたった。

6. 手間をかけ努力することが糞尿問題解決につながる

 またこのように適切に管理された堆肥(糞尿)は、悪臭も抑えられているし、またたとえ河川に流出したとしても害は少ないという。河川に流出した後の害については慎重なモニタリングが必要だが、匂いについては確かにAさんの牛舎や草地は匂いは少ないと感じた。
活性誘導水は800円(/頭・日)と割高だが、牛の健康状態が良く、病気に強くなったことや、草地の化学肥料を大量に買う必要性も減ったので、全体経費的には負担にはなっていない。もちろん手間はかかるが、これで漁業関係者の方などに後ろめたい気持ちにならないで済むのなら、それは手間ではない。
 話に聞くところによると、Aさんのような農家はまだ少数派だという。Aさんのような農家を増やすことで糞尿問題は解決に向かうのではなかろうか。

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