藤原正彦「若き数学者のアメリカ」

若き数学者のアメリカ
藤原 正彦

おすすめ平均
壁を感じだら是非読みたい本
洞察力とユーモアに満ちた作品
越えなければならないもの
文章は極めて適切・論理立っている
胸が熱くなった

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 1972年夏から3年間、アメリカの大学で研究生活を送った、29歳の若き数学者のアメリカ滞在記。「単純で直情型」(新潮文庫、22p)の著者が、日本人代表としてアメリカに挑み、成功、挫折を繰り返し、アメリカに順応していく過程が、テンポ良く、かつ非常に分かりやすく書かれている。彼の研究生活自体も興味深いし、各所に散りばめれたユーモアが抜群で、抱腹絶倒、一気に読めてしまう本である。著者の藤原正彦は、小説家の新田次郎藤原ていの息子であり、親の文才をいかんなく受け継いでいる。私は、藤原氏の著作の中で一番好きな本だ。
 特に、当時アメリカの大学で流行していたストリーク(学生が全裸になって戸外を走り回る)を描いた章は傑作だ。彼が勤務していたコロラド大学の学生が、ストリークの参加者数世界一を目指し、ストリークの一大イベントを開催する。その様子を藤原氏は大学構内で見学する。イベントは終わり藤原氏はアパートに帰るのだが、アパートのドアを開けた途端、「この時を逃したら生涯そのチャンス(ストリークをすること)はやって来るまい」(新潮文庫、246p)という電流に打たれ、打たれるやいなや服を脱ぎ捨て、裸になって部屋を飛び出す。大学教官という立場も忘れ、素っ裸のまま道路を走り、大学までいってしまうのだ。そして「こんな素晴らしい、爽(さわ)やかなことがこの世にあったのか」とご満悦になる。
 この行動のおかしさを、社会学者・宮台真司の笑いモデルで考えてみる。彼のモデルは「笑いが生じる時は、共同体的な期待の地平が人畜無害な範囲で破られるときである」(熊本日日新聞、1999年11月7日)というものだ。このモデルを踏まえると、藤原氏の行動は、助教授という立場ゆえ理性を働かしてストリークには参加しないだろうという行動予想(共同体的な期待の地平)を破り、アパートに帰った途端に裸になって飛び出した(人畜無害な範囲での逸脱)ことから、思わず吹き出してしまうのである。ただし助教授男性の裸を人畜有害と感じる人にとっては、面白くも何ともない章であろう。
若き数学者のアメリカ
(評価★★★★★)

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