久保俊治「羆撃ち」

羆撃ち
羆撃ち1700

小学館 2009-04-20
売り上げランキング : 9352

おすすめ平均 star
star良い本との出合い
star説教臭くなくてイイ。
star今を生きる〜羆と猟師の生命の詩

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 それほど期待しないで読んだが、読み始めてすぐ本書の物語世界に引き込まれ、一気に読んでしまった。不覚にも、猟の相棒の犬フチが死ぬシーンは、悲しくて涙を流してしまった。

 自分の嗅覚や聴覚などの感覚を磨き信じ、そしてかつてのマタギの風習・文化に学びながら自分なりの狩猟スタイルを作っていく。そんな久保氏の姿勢には好感が沸くし、すべてを捨て一途に狩猟に取り組む若き日の姿にはみずみずしさを感じる。戦後ほとんどいなくなったマタギの、その生活世界の一端を緊張感を持って印象的に描くことに成功している。このみずみずしさと目からうろこ的な物語内容は、冒険的自伝の名著である植村直己「青春を山に賭けて」や野田知佑「日本の川を旅する」に匹敵する好著だと思った。

 現場で這いつくばって生きていた久保氏の文章力の高さに驚いた。淡々とではあるが、感情を抑え丁寧に情景描写されているので、読んでいて光景が頭の中に浮かんでくる。この手の現場に生きる人達に文章が上手な人は少ない。久保氏にたまたま才能があったからこそ、こうやって我々がマタギの世界を追体験することができる。これはほんとに幸運なことだ。

 大量の食料を買い込み、ベースキャンプを設営して2週間も一ヶ月も山から下りない生活。クマやシカを追うときは真冬でも焚き火をしてシュラフとツェルトだけで練る生活(登山の世界では「ビバーク」と呼ぶ)。視界の利かない笹やイタドリなどの深い藪に分け入る時の恐怖、「フウワァー」と腹の底までゾクッとさせるヒグマの威嚇の声、起き上がり、毛を逆立て、真っ赤に見える口からさらに威嚇の声、まわりの空気を震わせる。そんなヒグマと、たった一人で対峙する久保氏。動転せずに急所にスコープを合わせ一撃で仕留める。本書はハンティングの緊張感に溢れている。

 こういう一つのことにこだわる人は、地域の生活者としては頑固おやじに見えて、彼の世界を共有しない人達から見れば付き合いづらい面もあるかもな。

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(私の本書の評価★★★★★)
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