チェ・ジウ, ペ・ヨンジュン「冬のソナタ」②

冬のソナタ Vol.1【日本語吹替版】 [VHS]
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 先日のつづき。

3 脚本の荒さ
 ただ絶賛してばかりもいられない。通して見てまず最初に思ったのは、脚本が荒いということだった。 
 ユジン(チェ・ジウ)は優柔不断な女性役だが、中盤から後半にかけてあまりに優柔不断がひどく理不尽な行動もあり、「そんなのあり?」「あり得ない!」と何度も思った。たとえばユジンが恋人のミニョンと結んだ約束。「必ず戻ってきます」「愛しています」と誓ってユジンはミニョンから離れ、体調を崩した元彼(幼なじみのサンヒョク)のもとに行ったはずなのに、あらら、その誓いはどこへやらで、いつまで経ってもチュンサンの元には帰らず、なんと!いつの間にか元彼との結婚を決めてしまっている。なんという悪い女! もちろんミニョンへの気持ちを残した上での決断だったことは分かるが、でもあの誓い(約束)は本当にどうなったの?とまじめに考えると??になる。その矛盾に対する説明は描かれない。

 個人的にチェ・ジウは好きだが、まじめに見れば見るほどユジンという女性はひどい人だ。元彼のサンヒョクとは2度も婚約破棄をする。サンヒョクは絵に描いたような好青年。明るく優しい人間で、男性から見てもぜひ友達にしたいタイプだ。ユジン欲しさに時に嘘や罠をかけてしまうが、根は本当に良い人間だと思う。そんな良い人をユジンは、彼女の優柔不断で深く深く傷つけてしまう。彼の両親も明るい家庭で、親友たちも優しい。そういう愛すべき人たちをユジンはなで斬り的に傷つけ苦しめていく。もう会わないと約束しても、元彼が体調を崩せばついつい会いに行ってしまう。そういうユジンの優しさが、逆に後々になって相手を深く深く傷つけている。本当の優しさは「断固会わないこと」だと思うのだが。
 もっともユジンのこのふらふら優柔不断ぶりが、急いで話を展開させれば12話くらいで終わってしまうであろうこのラブストーリーを、なんと20話まで引っ張ることに成功した最大の要因でもある。物語の引っ張り役、つなぎ役としてユジンのこのふらふら性格は欠かせない。なので問題はユジンの性格ではなく、脚本家のストーリー構成の力量だろう。ユジンをこのうように人物設定したのであれば、こういう人物を物語の中にうまくはめ込み、ストーリー全体の流れをよどみない小川の流れのように、違和感なくつないでいく必要が本来はある。いくつかのシーンで脚本家はこの点に失敗している。だから、「ええ〜!」「そんなのあり、ですか?」と仰天してしまうのである。

 先ほどのユジンのミニョンとの約束に戻る。ユジンは元彼のサンヒョクと2度目の婚約をするが、ふたたびそれを破棄する。そのきっかけは、ユジンを救おうとしたミニョンの交通事故。ミニョン(=チュンサン)は高校時代にも交通事故で瀕死の重傷を負っているので今回で2回目。人助けとはいえ、ミニョンはどれだけ交通安全を守れない人なんだろう? そしてこの二度目の事故で、一度目で失った過去の記憶が戻ってきたんだって。ショック療法で、頭を打ち付けて失くした記憶は、また強く打ち付けて記憶を戻す。いや〜、奇跡だね。感動!

 なんて、とても思えない。人間の脳は映りの悪いテレビじゃないんだから。叩けば良いってもんんじゃない。小説や映画の破天荒なストーリー展開は好きなんだけど、そのための必須条件は矛盾を感じさせないストーリーづくり。このドラマには矛盾がけっこうあるので、そのたびごとに違和感を感じた。

 先日わたしは上の文章を書いたが、作品をもう一度見返した今(2010.1.17)、わたしのこの部分の印象は完全に間違っていたといわざるを得ない。


4 ユジンの優柔不断について再考
 よく見てみると、ユジンは確かに優柔不断だが、それでもミニョンとサンヒョクとの三角関係を彼女なりに真剣に考え、要所要所でしかるべき決断をしていることが判明した。上記で批判したユジンがミニョンとの約束を破った事件(「必ず戻ってきます」と言っておきながら戻ろうとしなかった)は、元はと言えば、断るユジンをミニョンが無理矢理にサンヒョクの元に連れて行ったのが原因だ。ユジンは最初は拒否するが、ミニョンの説得を受けその場で「戻ってこれなくなるかもしれないよ」と告げる。それをミニョンは受け入れている。ミニョンが一歩引いた形だ。

 物語全般を通じて感じるのだが、確かにユジンは優し過ぎる。愛情が深いのでドライに割り切ることができない。たとえば「もう会わない」と決めながら、彼氏に「話がある」と誘われると、ついつい会ってしまうという彼女特有の弱さがある。恋人の2人どちらにも気を遣い、結局両方を深く傷つけてはいる。しかしその弱さは裏返してみると、それは彼女の人間的優しさであり、愛情の深さであり、分かっているけどやってしまう彼女の「業」みたいなものだ。だれが彼女の愛情の深さを批判できようか。しかもそんなユジンも、人生の岐路では彼女なりにしっかりと決断している。

 サンヒョクという婚約者がいながらミニョンに惹かれるユジン。そんな気持ちを打ち消そうと必死にユジンはもがくが、どうにもならないと気づくと彼女はどちらも傷つけたくないと、2人から離れることを決める。この場面では彼女は流されることなく、自分自身で決断をする。
 その後の事件を経て、ユジンはミニョンを選ぶ。ここもはっきりと彼女は決断をしている。その後再びサンヒョクの元に戻るのは、上述のようにミニョンの責任なのだ。ユジンが優柔不断で流されたのではない。彼女は節目節目で自己決定している。

 つまり、ユジンの優柔不断ぶりが理不尽というよりも、彼女は必死に辛い現実に向き合おうとするが、恋愛相手のユジンやサンヒョク、またその家族らの思惑に巻き込まれ、悲劇的な立場に追い込まれていくだけだったのだ。このドラマを見直してみて、彼女の取った行動のほとんどは何ら批判するものではないことに気がついた。
 


5 後半に見るドラマ脚本の一般法則
 中盤から後半にかけての二人のドタバタは主にミニョンが原因だ。たとえばクライマックスで、ユジンとミニョンは腹違いの兄弟ではないかという疑惑が持ち上がる。父親探しをしているミニョンは、亡くなったユジンの父親が自分の父親ではないかと疑うのだ。このちょっと現実離れしたような、いかにもドラマらしいトラブルに巻き込まれても、愛し合う二人は必死につながろうとする。ユジンは彼女の母親に結婚を反対されるが、反対されたことやその理由を正直にミニョンに話す。しかし一方のミニョンと言えば、彼の母親から聞いた兄弟疑惑を真に受け、ユジンに相談することなく一人で別れることを決めてしまう。

 以前わたしは、野島伸司作「ひとつ屋根の下」「高校教師」を題材に、連続ドラマを書くコツについて分析したことがある。それは毎回毎回ストーリーにトラブルを発生させること、トラブルの形態の一つ目は衝撃の事実を見せ付けること、二つ目は主人公らにすれ違いを起こさせることである。この法則の視点から見ると、冬ソナのクライマックスはこのどちらも採用していることが分かる。まず「恋人だと思っていたのに腹違いの兄弟じゃないか」という衝撃の事実・事件を提示しストーリーを揺さぶる。そして同時に先ほど触れたように、ミニョンに独りよがりの行動を起こさせ、主人公らがすれ違う状況を作り出している。しっかりと話し合わずに勝手な行動を起こし、登場人物をすれ違わせトラブルを発生させるが、次第にお互い誤解だったんだことが分かる機会を作り、最後は「二人の想いは同じだったんだ」と結び、主人公を感動させ、そして視聴者を感動させる。冬ソナの脚本家はこの両方の手法を使い、最後の4話くらいの内容を作っている。一般法則どおりだ。



6 その他
 それにしても冬ソナの脚本は良く出来ている。特に、主人公の心理描写の描き方は絶品だ。
 ミニョンがいろいろな出来事を通して、徐々に徐々にユジンに惹かれていく様子。そのユジンも、徐々に徐々にミニョンに惹かれていく。その二人の心の距離が、少しずつ近づいていく様が手に取るように上手に描いてある。特にスタートから10話「決断」までの描写は絶品だ。この心理描写の妙は、ラブコメディ漫画の金字塔である高橋留美子めぞん一刻」に迫るものがある。構図も似ている。「めぞん一刻」は主人公の音無響子五代裕作が、三鷹瞬というイケンメン男性との三角関係のはざまで心を通わせていくというストーリーだ。「めぞん一刻」の心理描写は「すばらしい!」と絶賛するほかないのだが、冬ソナの第10話までの流れは、それに迫るくらいの良い出来だと感じた。

 「めぞん一刻」を題材にもう少し分析を続けると、「めぞん一刻」は、五代君と三鷹さんという二人の男性が、若き未亡人・響子さんにアタックするストーリー。ただ途中で五代君にも三鷹さんにも新しい女性が現れて、その女性の登場が響子さんの嫉妬を買ったりして、三者三様の微妙な心のもつれあいが展開する。そのような点から見れば、冬ソナには「新しい女性の登場」という仕掛けはない。ミニョンには彼女はいたがユジンを本気で好きになってからは、元彼女との間をふらふらすることはない。サンヒョクは高校の頃からユジン一筋の一本気男だ。冬ソナには、「めぞん一刻」のような登場人物を増やしての、やや込み入った心のもつれあいはない(そういう意味では、限定された狭い人間関係の中での展開)。全体を通して分析すると、冬ソナはどちらかといえば、衝撃の事実・事件を並べることによって物語を展開させるパターンが多い。たとえばユジンの工事現場での事故、ユジンの死んだ元彼はミニョンだった事件、ミニョンの交通事故、ミニョンとユジンは腹違いの兄弟疑惑と次々に事件を起こす。その傾向は11話以降で特に顕著になり、大きな事件が次々と起こるという大味の内容にはなっている。この点、11話以降は脚本のクオリティがやや落ちる。しかし繰り返すが、10話までの展開は絶品で、トータルで評価しても優れた作品ということはできるのである。

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(私の評価★★★★☆)
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