沢木耕太郎「凍」

凍沢木 耕太郎

新潮社 2005-09-29
売り上げランキング : 48868

おすすめ平均 star
star期待はずれ
star表現力を求める作品として読むなら
star登山の素人の感想ですが、読後の衝撃が体から抜けません。

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 久しぶりに、胸がしめつけられるような思いで本を読んだ。
 何にそれほど心が動いたのか?
 それは山野井泰史と妙子夫婦の、生きることに対しての、激しくひたむきな姿勢を本書の隋所で感じたからであろう。わたしも学生の頃は同じような感情を抱えながら生きていた時期もあったが(もちろん山野井夫婦のような先鋭的な登山をやっていたわけではないが)、あれから10年が過ぎ、今は平凡なサラリーマンをしている自分に対して「そんな生き方で良いのか?」「そんな生き方でよかったのか?」と反省と後悔を鋭く迫らされるような内容だった。

 山野井夫婦は、初登頂だとか7大陸最高峰登頂だとかという記録を残すことにはさして興味がない。彼らの判断基準は「充実した生を送ること」であり、それが「難しい山や壁を登る」という行為につながっているだけで、その結果としての初登頂などの記録にはほとんど興味がないように見える。難しい課題を自らに課し、それを努力して乗り越える充実感・満足感だけが彼らを動かしている。生への充足感のためなら、彼らは死をもいとわない。だからこそ、危険な山登りを続けているのだ。
 大抵の人の中には、充実した人生を送りたいという気持ちは確かにある。しかし弱い自分に負けてしまって努力を怠ってしまい、自己嫌悪に陥るなんて日常茶飯事の生活を送っている。わたしもいつの間にか夜の晩酌が欠かせなくなってしまった。腰が悪いので体を鍛えないといけないがトレーニングも途切れがちになってしまっている。ところが山野井夫婦はそんな甘えは一切ない。日々、ストイックなまでに努力をつづける。本書に触れられている田舎での生活ぶり自体が、山登りをすることだけに焦点を当て、それに捧げられたものとなっている。その激しいまでの誠実さ、ひたむきさに、心打たれる。

 沢木耕太郎のノンフィクションは久しぶりに読んだが、取材を妥協せず聞き取りを繰り返し、時には本書の最後のようにヒマラヤトレッキングまでに同行して対象に迫ろうとするプロ根性には、つくづく感心させられる。彼の代表作「一瞬の夏」は、取材者に迫りすぎて自分がボクシングの世界戦を主催してしまうという物語を動かす主体にすらなってしまっている人なのだ。大げさな表現を使わずに、淡々と克明に記述していくスタイルは、もはや熟練の域に達している。

 ただ物語の中心をなすヒマラヤのギャチュンカン山登山の登りは張り詰めた緊迫感があるが、ハイライトとも言えるの下降時の雪崩や凍傷などの迫力がいまいちと感じたのはわたしだけだろうか? 

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(私の本書の評価★★★★☆)
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