村上春樹「海辺のカフカ 上巻・下巻」

4101001545海辺のカフカ (上)
村上 春樹

新潮社 2005-02-28
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海辺のカフカ (下)
4101001553村上 春樹

新潮社 2005-02-28
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 村上春樹らしい作品といえる。
 「村上春樹らしい」とは何か? 私は、村上作品のエッセンスを次の4点に整理している。
①物語において、主人公は孤独であり、そんな主人公は「本当の自分探し」をする。
②人間の弱さ、脆さの要素を必ず物語に入れ込む。
③甘美で艶かしい性体験を多用し、これをストーリー展開の重要なトピックとして扱う。
③洒落た音楽や文学などについての広い知識をフルに使って物語の各所に埋め込み、全体として上品で、非常に洗練(sophisticated)された文章にまとめ上げる。
 本作品「海辺のカフカ」は、この4点の要素がすべて含まれた作品だ。読みながら、まさに村上作品だなぁ、とほくそ笑んでしまった。「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」と同じ雰囲気なのだ。
 本作品の主人公は15歳の少年、田村カフカ。家庭の中に居場所がなく、傷ついたカフカは旅に出る。世界で一番タフな15歳になるという決意を抱いて。旅の途上で様々な事件に巻き込まれるが、カフカはそれらを乗り越え、再び日常に戻っていく。これが大まかなストーリーだ。過去に生きる佐伯さん、中性的な大島さん、猫と話ができるナカタさん、明るい星野さんと、魅力的な人々が登場するのも本作品の魅力だ。読み物として、楽しく読むことができた。
1.「子どもに読ませる本じゃない」批判について
 本書はあまりにも有名な作品なので、これまで様々な論評がなされてきたが、その中に「子どもに読ませられない」という批判がある。それは本書の赤裸々な性表現が原因だ。15歳のカフカ君は実にあっさりセックスする。そして何回もセックスをする。その性表現が、あまりに具体的で艶かしいので、子ども読者に悪影響を与える、子どもに読ませる本じゃない、と批判されているのだ。
 それらの批判はある意味正しいのかもしれない。しかし、その論拠だけで「海辺のカフカはダメな作品だ」と断罪するのは、早計過ぎる評価だと思われる。そもそも村上春樹氏は、児童作家ではない。夏目漱石のように各世代に広く読まれ、教科書にも載るような作家を目指しているようにも思えない。上述のように、村上氏は甘美で艶かしい性表現を多用するスタイルで、これまで物語を書いてきた作家だ。読者ターゲットとしては青年以上の大人たちを相手に、自分探し的な物語を書いて、評価を受けてきた。それが彼のスタイルだし、これからもその姿勢を貫くであろう。性表現が多い→子どもに読ませられない→だから作品はダメだ、というバカボンのパパのような飛躍した3段論法は通用しない。「子どもに読ませる本じゃない」のであれば、子どもに読ませなければいい。しかしだからといって、本作品の価値が下がるわけではない。
2.「海辺のカフカ」をあえて批判する
 本作品では、2つのストーリーが同時進行する。2つの異なるストーリーが、章ごとに順番に入れ替わり、そして最後に2つのストーリーは交わる。イメージ的には、人気テレビドラマの「北の国から」みたいな構成だ。「北の国から」では、純君のストーリーと五郎さんのストーリーが交互に進む。本作品については、ストーリーを順番に入れ替えるアイデア自体は悪くないのだが、入れ替え回数があまりに多いため(48回入れ替わる)、読んでいてやや疲れた。一つのストーリーに没頭しはじめたら、章が変って別のストーリーが始まり、また頭を戻さなければいけない。気を取り直して別のストーリーに集中し始めたら、また章が変って、元のストーリーに変ってしまう。「じれったい、もう少し読み進めたかったのに…」という感じだ。
 また暗示や仮説や幻想的なエピソードが多いため、何が確かなことで、何がそうではないのか、判断しにくく、分かりにくい部分もあった。夢と現実の交錯が何度も起き、仮説が仮説を呼び、そして明確な回答は示されない。田村カフカが愛したのは、15歳の佐伯さんなのか、それとも50歳の佐伯さんなのか。佐伯さんは本当にカフカの母親だったのか。これら、物語にとって大事な問題に対して、村上氏は最後まで答えを示さない。謎は謎のままあえて残し、読者の創造力を重視したという肯定的評価はあるようだが、わたしの視点から言えば、もう少し明確な構図設定をして、分かりやすい物語にして欲しかった。
3.村上春樹の人物表現のうまさ
 書評の最後に、村上春樹の文章のうまさを示す文章を書き写そう。人物表現だ。わたしも文章を書くときは、こんなディテールにこだわった人物表現をしたいものだ。
「…彼は長い削りたての鉛筆を指のあいだにはさんだまま、僕の顔をひとしきり興味深そうに眺める。消しゴムのついた黄色い鉛筆だ。小柄な整った顔だちの青年だった。ハンサムというよりは、むしろ美しいと言ったほうが近いかもしれない。白いコットンのボタンダウンの長袖のシャツを着て、オリーブ・グリーンのチノパンツをはいている。どちらにもしわひとつない。髪の毛は長めで、うつむくと前髪が額に落ちて、それをときどき思いだしたように手ですくいあげるシャツの袖が肘のところまで折られていて、ほっそりとした白い手首が見える細くて繊細なフレームの眼鏡が顔のかちによく似合っている。胸に「大島」と書かれた小さなプラスティックの札をつけている。彼は僕の知っているどんな図書館員ともちがっている。」(上巻:60p)

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(私の本書の評価★★★☆☆)
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