城山三郎「もう、きみには頼まない―石坂泰三の世界」

もう、きみには頼まない―石坂泰三の世界
城山 三郎

文芸春秋 1998-06
売り上げランキング : 38,369

おすすめ平均
存在感のあった財界人 石坂泰三。
これは時代小説か?
気骨、まさに気骨。

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 わたしの本書の読み方は冷めすぎているのだろうか? 
 他の書評を見ると、本書を好意的に見ているものが多いし、本書の主人公の石坂泰三についても「存在感のあった財界人」と評価するものが多い。たとえば「MARC」データベースでは、本書について次のように高い評価を与えている。

現職の大蔵大臣や総理に向かって、「もう、きみには頼まない」と啖呵の切れる人物、石坂泰三。財界の総理と謳われ、戦後の渋沢ともいえる気骨の人の生涯を描き切る。城山文学の最高傑作。

 しかし一読して、わたしはこのような評価を持つことができなかった。
 すぐに思ったことは、著者・城山三郎の取材不足、ということ。石坂の残した文書やその周辺に対する取材が十分でないから、石坂の人生上のエピソードについての記述に突っ込みが足りない。深みが足りない。現在進行形で人生を歩んでいるような、はらはらドキドキのリアリティはここにはない。ただ石坂泰三の生涯を淡々となぞっただけのようにも読める。その物足りなさは、城山の代表作「官僚たちの夏」に比べると歴然である。
 また石坂泰三という人物についても、本書を読んだ限りでは、それほどの人物とは思わなかった。確かに、労組が絶大な力をもっていた東芝に、社長として単身乗り込んでいった肝っ玉の太さには、並みの人物ではないと分かる。しかしこのエピソードだけで、戦後日本の優秀な経営者の一人、と規定するのは難しいと思われる。
 それどころかわたしは、読み進めてていくにつれて、石坂氏についてかえって逆の評価をするようになった。つまり石坂氏は日本の会社に時々いるような人物――そこそこ優秀なので社内で頭角を現し社長になるが、一旦トップに立つと権力欲にかられ居座り続け、そして年を取れば取るほど短気になり威張り散らし、周りに迷惑をかける――そんなタイプではないかということだ。「父(石坂氏)は気が短く、ときどき癇癪を起こした」(11p)という記述を読むと、余計にその感を深めてしまう*1。同じようなタイプの人間は私の近くにもいて、時々不愉快な思いをさせられている。
 本書の中で唯一興味をもったのは、西武百貨店堤清二氏と石坂氏の緊張感のある付き合いだ。父・堤康二郎氏の膨大な遺産の一部を受け継いだ、ボンボンの堤清二氏だが、石坂氏について
「こわいことはこわいけど、ああいう人(石坂氏)が居たということは、楽しかった」(225p)
 と述べている。清二氏もやはり石坂氏は怖かったのだろう。父の遺産の上であぐらをかき(と昔わたしが思っていた)、西武百貨店に君臨していた清二氏も、当然のことだが、いろいろ苦労しているのだなと思われるコメントだ。
もう、きみには頼まない―石坂泰三の世界
(私の本書の評価★★☆☆☆)
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*1:もっともわたしは石坂泰三という人物について本書以外はほとんど知らないから、石坂氏の人間像について決め付けるつもりはない。石坂氏の人間像を議論するなら、石坂氏についてもっと多くの資料を読んで、その人物像について多角的に検討する必要がある。