畑正憲「さよなら どんべえ」

さよならどんべえ
畑 正憲

角川書店 1981-12
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 テレビでお馴染み、動物王国ムツゴロウさんの渾身のヒグマ飼育体験記。本書の中で躍動するムツゴロウさんは、テレビ上での、動物好きのおじいさんという柔和なイメージではない。ここでの彼は不器用ながら、愚直に徹底的に動物に向き合う、情熱の塊の顔をしている。一読して、本書で噴出するムツゴロウさんの情念の迫力に、私は打たれた。
 本書は、「猛獣を飼育する」というムツゴロウさんの長年の夢を、ヒグマの子供「どんべえ」の親代わりとなり世話をすることで叶えるストーリー。ヒグマのような野生動物が人によく慣れるのは生後4週間までだと一般的には言われるが(角川文庫、22p)、昼夜を問わぬムツゴロウさん一家の献身的な世話によって、丸1年間、どんべえを飼育するという奇跡が起こった。本書はどんべえの飼育に打ち込み、そして悲劇的な最後を迎えるまでの過程が丁寧に描かれている。
 最も印象的な章は、大人になりつつあるどんべえとの、子別れのための決闘だ。しつこく甘えすがるどんべえを振り払うと、怒ったどんべえはムツゴロウさんを襲おうとする。もう大人になりつつある巨体のヒグマだ。その腕力は、ムツゴロウさんを簡単に殺すことができる。しかし、ムツゴロウさんはひるまない。ひるむどころか、向かっていった。
「明らかに反抗であり、自力の意志だった。・・・私は踏みこんだ。『ふざけるな』・・・相手がパンチを繰りだそうと身構えかけているところへ、私のストレートがとびこんだ。こぶしがひねりを加えながら、頬の、犬歯のすぐ後ろへ食いこんだ」(角川文庫、163〜169p)
 人間とヒグマとの、正真正銘、命がけの付き合いだ。ムツゴロウさんは命を削って、野生動物と付き合っている。捨て身で仕事に挑むムツゴロウさん姿に、意思さえあれば何でもできる的な、人間の可能性の広がりを感じる作品でもある。
さよならどんべえ
(私の本書の評価★★★☆☆)

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