リチャード・アッテンボロー監督「遠い夜明け」

遠い夜明け
B0009EP0ACケビン・クライン

おすすめ平均
stars南アの人種隔離政策を暴いた傑作。歴史教材としても優れている
starsアパルトヘイト政策を暴いた傑作。

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 予想以上に印象に残る映画だった。
 この手の社会派ノンフィクションは、社会の暗い現実を知ってもらおうとやっきになり過ぎるため、見る側の観客の視点を著しく欠いた、ストーリー軽視の退屈な映画になりやすい。しかし本作品は、アパルトヘイトという重い現実を描きつつも、ストーリー構成も良くできており、特に主人公の国外脱出シーンの描き方などはスリリングで、見る者を離さない。約2時間半の長編映画だが、時間を感じさせずに見ることができた。これが実話だというから驚きだ。海外政治もののノンフィクション映画では、カンボジアポルポト政権の現実を描いた傑作「キリング・フィールド」に迫る秀作に仕上がっている。
 本作品は、ビコというカリスマ黒人活動家と地元新聞社の白人編集長ウッズとの心の交流からはじまる。日に日に強まる政府の弾圧でストーリーは急展開し、ビコの投獄死、ウッズの国外脱出でクライマックスを迎える。ストーリーに引き込まれながらも、南アのアパルトヘイト政策の現実がじわりと心に重くのしかかってくる。当時の南アは、黒人政治犯は釈放されても常に監視がつき、指定された地区から出ること、複数人で話すことが禁じられていた。自宅軟禁状態だ。政治集会は禁止され、デモは銃乱射などの武力行使で鎮圧された。政治犯は何度も投獄され、そして拷問の末殺された方も多い。彼らの死は「自殺」などと発表された。人権もへったくれもない世界だったのだ*1
 この映画を見て、自分がこれまでアパルトヘイト政策についてあまりにも知らなかったのだな、と痛感させられた。アパルトヘイト廃止のニュースがメディアを賑わせたのはわたしが高校生の頃だが、当時は、「悪い差別がなくなってよかったね」程度の印象しかなかった。アパルトヘイト下の南アの現実がどんな状況だったか、南アの黒人の人たちの生活がどのようなものだったか、まったく知らなかったし、興味もそれほど沸かなかった。
 南アフリカアパルトヘイト(人種隔離政策)は、1948年から1991年までの約40年間続いた。原住民土地法や隔離施設留保法、雑婚禁止法などの差別法が作られ、黒人を辺境不毛の土地に強制移住させたり、レストラン、バス、公園等を白人専用とそれ以外で厳然と区別し、人種の違う男女が結婚することを禁じた。本作品にも描かれているように政治集会は禁止され、政治犯は厳しく罰せられた。近代的価値観である、「平等」や「人権」の価値理念からは大きく外れる法律を1990年代まで、南アは公然と所持していたのである。
 いくつかの資料を見ると、アパルトヘイト廃止には国際社会の圧力が大きかったようだ。国連は経済制裁を決議し、多くの国が経済制裁に踏み切った。これに追い詰められた政財界はアパルトヘイトを段階的に緩和し、そして91年にアパルトヘイトに関する法律廃止を宣言する。国際社会が本腰を入れて特定国の圧制に介入するのはいつも遅いことにわたしは不満をもっているが、それで外圧というのは特定国の国内政治を変える大きなパワーだということは、アパルトヘイトの例を見ても明らかだろう。
(私の評価★★★★☆)
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*1:ただし本作品は、あくまで黒人側の視点を強調して描いているので、これだけを鵜呑みにして南アの当時の現実だと把握するわけにはいかない。白人側には白人側のリアリティもあったことだろうから、白人側の主張も聞いてみたい。社会学の基礎であるが、社会の現状把握はかならず相対化の作業が必要で、特定の立場からの情報だけでは判断できないからである。