植村直己「青春を山に賭けて」

青春を山に賭けて
植村 直己

文藝春秋 1977-01
売り上げランキング : 15,425

おすすめ平均
山にロマンを賭けた男、植村直己
すべての原点、冒険へのいざない
アイルトンセナを思い出しました

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「私の夢は夢を呼び起こし、無限に広がる。過去のできごとに満足して、それに浸ることは現在の私にはできない・・・・・・いままでやってきたすべてを土台にして、さらに新しいことをやってみたいのだ。若い世代は二度とやってこない」(249〜250p)
 こんな印象的な結びで締めくくられる本書は、植村直己という破天荒な冒険家の青春の記録である。
 本書は、植村氏の処女作であり、彼のいくつかの著作の中でも最も密度の濃い、読み応えのある冒険紀行である。植村氏が明治大学の山岳部に入部するあたりから、海外登山で活躍し、エベレストの日本人初の登頂者になり、世界5大陸最高峰にすべてに登る29歳までの記録だ。
 とにかく盛りだくさんの内容で、地域だけ見ても、日本、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、南米、北米、ヒマラヤと冒険地域は世界中にわたっている。本書のような内容盛りだくさんの本は、長文になり過ぎて間延びしてしまうか、逆にあっさり書きすぎて「流れる」文章になってしまうことが多い。読み物として2級の作品になることが多い。しかし本書は、盛りだくさんの内容を要点を絞ってコンパクトに整理しているので、間延びすることなく、かと言って「流れる」ことなく、テンポ良く楽しく読むことができる。このテンポの良さが本書が一級の冒険記と呼ばれるゆえんだ。

1. 植村直己の行動力にはおののくばかり

 本書を一読してまず印象に残るのは、植村氏の比類なきスケールの行動力だ。そこ行動力のすさまじさが分かるエピソードを本書からいくつか紹介してみよう。
 たとえば海外登山に憧れた植村氏は、実現するためには海外でアルバイトをしなければならないと思い詰め、大学を卒業するとすぐ、初めての海外でほとんど無一文でロサンゼルス行きの移民船に乗り込んでしまう。英語もほとんど喋られないのに、だ。1960年代という時代、固定相場制だったので円が安かったのは分かるのだが、英語もろくに喋ることができないのに海外でアルバイトをしようと決意し、それを実行してしまう、この植村青年の無鉄砲さ、ケタ外れの行動力には驚嘆せざるを得ない。 
 またこんなエピソードもある。
 南米の山登りを無事に終え、突如、アマゾン川下りを思いついた植村氏だが、周囲の人々は「非常に危険だ」と猛然と反発する。自信を失いかけるが、初志貫徹で思い直し、現地式イカダを作り、上流の町をひとり漕ぎ出す。急流に巻き込まれ食器類をすべて流出させてしまったり、2人組の盗賊に襲われそうになり、ナイフと櫂を持ち仁王立ちになっておっぱらったりする。そんなこんなで結局、アマゾン川上流の町イキトスから河口まで60日間かけて下りきってしまう。

2. 大逆転の青春エピソード

 また本書の魅力の一つは、植村氏の冒険記のドラマ性だ。それは言い換えると、無手勝流で目標にぶつかり、跳ね返されながらも全身全霊で挑み続け、最後には目標を達成する大逆転の青春エピソードでもある。
 たとえばアメリカの農園でブドウもぎのアルバイトをしているときに、植村氏は移民局に捕まって取調べを受ける。このままでは不法労働で日本へ強制送還だ。「それだけは避けなければ!」と植村氏は必死になる。調査官に向かって、自分の夢はアルプス登山なんだ、と一心に、取り憑かれたように喋り倒す。そして、調査官は彼の罪を見逃してくれる。植村は調査官の手を握り、「サンキュー、ベリー、マッチ」と連発する。不可能が可能になった瞬間だった。 
 ヨーロッパでは、アルバイトがしたくて、スイスのスキー場での面接で「俺は良いスキーヤーだ」とウソをつく。しかし、実は植村氏はそれほどスキーが得意ではなかった。すぐに実技試験となり、一番手に滑ることになった植村氏は、覚悟を決め滑り出す。5mも進まずに転がり落ちてしまった。これでクビだ、と覚悟したら、マネージャーは「ナオミ、スキーは1ヶ月もすればうまくなるさ。ここで働いてもいいんだよ」
 本書はこのような大逆転エピソードで溢れている。

3. 植村直己の弱さ、またはやさしさについて

 そんな強心臓の植村氏も感傷的になる時はある。
 初めての海外で移民船に乗り込むものの、出港すると急に心細くなり、アメリカでのアルバイト生活が不安で、仲間を想い、家族を想って、涙を流す。
 モンブラン単独登山では、クレバスに落ちて気を失うが、奇跡的に宙吊り状態で引っかかり九死に一生を得る。「オレは親不孝ものだ」と自責の念にさいなまれる。
 アルプスの山でのトレッキングで、道から外れ目立たないところに咲くエーデルワイスをみつけ、急に感傷にふける。
「人の目につくような登山より、このエーデルワイスのように誰にも気づかれず、自然の冒険を自分のものとして登山をしたい」
 しかしその後の植村氏は、「人目のつく」冒険を繰り返し、そして最後には冬のマッキンリーに消える。

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 青春を山に賭けて
 本書は、植村直己というみずみずしい冒険家の精神の旅を、胸躍るエピソードの数々でつづった、日本文学上の金字塔である。
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(私の本書の評価★★★★★)
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